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「久我原、メガネが曇ってるんじゃないか?」
「どこをどう見たら仲良しに見えるんだ」
そうなんですね、と続けようとした私の言葉は桧垣さんと松田さんによって遮られる。二人ともワントーン声が低い。
「すいません、メガネが……」
目が笑っていない桧垣さんと不機嫌丸出しの松田さんの追撃から逃げるように、久我原さんは譜面台に置いたメガネケースからメガネ拭きを取り出し、メガネを拭く。シートに音符が印刷されているあたり、なかなかおしゃれだ。
「弟の面倒はちゃんと見ろよ、お兄ちゃん」
「お兄ちゃんって……」
「おまえが一番上だろうが」
サックスはソプラノ、アルト、テナー、バリトンと四種類ある。後者になるにつれて、音が低音になっていく。音楽隊が主に使用しているのはソプラノを除く三種類。松田さんがアルトサックス、久我原さんがテナーサックスだ。
サックスパートは全員男性で、松田さんの他にアルトサックス担当の芳賀さんがいるが彼は五十代のベテランゆえ、お父さん扱いとなっている。そのため、年齢・階級ともに一番上の松田さんを筆頭にしたサックス三兄弟と呼ばれている。
嫌そうな顔をした松田さんが口を開く。
「MECのお父さんとか言うなよ」
松田さんが声を出す前に低い声で先制したのは桧垣さんだ。
桧垣さんが指摘した通りのことを言おうとしたのか、松田さんが言葉に詰まる。
女性ばかりのMECの中で男性はトレーナーである桧垣さんのみ。そのため桧垣さんは多少居心地の悪さを感じている。これも近江さんからの情報だ。
「そんなことしたら、頭にコンクリート落とすぞ」
「脅しですか」
「割れた頭から脳みそが出てきたら、DHA粉末かけて戻してやるから心配するな」
松田さんが顔をしかめ、久我原さんも心底嫌そうな顔をする。
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