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大丈夫と声を上げようにも、声が出ない。久我原さんのほうを向くことすらできない。うっすらと視界に入るのは、松田さんと桧垣さんの黒い革靴だ。
背中を冷や汗が伝うのがわかる。これ以上はさすがに訝しがられると思うのに、映像は止まらない。止めればいいのかもしれないが、私には止め方が分からない。
『高校生くらいの女の子なんですが……』
階段を駆け下りて駅員さんに合流すると、声を潜めて説明を受ける。
松田さんたちが通り過ぎるそばに、ふくよかな中年女性に介抱されるセーラー服姿の女の子がいる。その子が握り締めているのは携帯のストラップだろうか。刺繍糸を編んで作ったと思われるそれは昔流行ったミサンガが、時代とともにスタイルを変えストラップとなったものだ。
そのストラップの優しい色合いに気付いて息が止まる。白とベビーブルーを基調としたストラップ。引きちぎられているが、その花模様のデザインが見える。
詩乃のストラップだ。
詩乃こと金澤詩乃は六年前、電車に飛び込んで亡くなった。小学校五年生から中学まで一緒で、別々の高校に進学してから徐々に疎遠になった友達だ。
どうして詩乃のストラップを、詩乃以外の人が持っているの? 詩乃の友達?
ストラップを持つ女の子の容姿を思い出す。
彼女が着ている制服は、詩乃が通っていた都西高校のものだ。茶色いセミロングの髪はくるりと巻かれていて、顔はしっかりとメイクがしてある。その顔も今は血の気が失せ、つけまつげが震えている。スカートからは健康的な太ももが半分以上出ている。だいぶスカート丈が短い方だ。
おっとり和風美人の詩乃とはタイプが違う。中学までの詩乃の友人関係を思い浮かべてもいなかったタイプだ。それでも都西の制服だから、詩乃の友達だろうか。
『下り線ホームは立ち入り禁止となります。運転再開時刻は未定です』
反対側、下り線のホームから駅員が叫ぶ声がする。
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