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上り線のホームにいる乗客より、下り線の乗客のほうが真っ青な顔をしている。線路から目を背けたり、一人で歩くことがままならず、乗客同士で支えあって歩いている人もいる。
『下り線のホームに遺体の一部が散乱しておりまして……』
駅員が目を伏せる。一緒にいる警察官の表情も硬い。
詩乃のストラップと電車事故。これは多分、詩乃が亡くなったあの日だ。
駅員に誘導され、一緒にいる警察官とともに電車とホームの間をのぞき込む。
見たくない。電車の下にいるであろう詩乃の変わり果てた姿を見たくなくて、目をつむる。
「――ね、未祐」
左肩を叩かれた反動で体が傾く。
脳内の映像から、練習室の映像に切り替わる。うまく切り替わらずに、目の前が暗くなり体が傾いていく。
「あれ?」
「加納、力入れすぎだ!」
「久遠さん⁉」
「おい!」
ぐらりと傾く体が誰かに受け止められ、私はそのまま意識を手放した。
意識を手放す直前に目に入ったのは、金色に輝くアルトサックスだった。
真っ暗な世界に映像が浮かぶ。
葬祭会館だ。これは詩乃の通夜だ。
この日は朝から、しとしとと絶えず雨が降っていた。雨と線香の香りで包まれた葬祭会館には、制服を着た子たちが多くいた。詩乃と同じ都西高校のセーラー服を着た子たち、私のように小中学校の同級生だった子たちはそれぞれの高校の制服を着て参列していた。どの子もくらい表情で、久しぶりの再会となった子とも言葉少なに会話していた。
遺影の詩乃は緊張した表情で、唇が真一文字に結ばれていた。高校入学後に生徒手帳に貼る顔写真として撮ったものだと聞いた。
これは私の記憶だ。私の詩乃に関する記憶はここで終わる。
パラパラとかすかにファイルをめくる音とパイプイスがきしむ音がする。
これはどちらの音だろう。夢の続きか現実か。
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