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まぶたを開けると、飛び込んできたのは蛍光灯の眩しい光。眩しさに目がくらんで、一度まぶたを閉じる。再度まぶたを開き、状況把握に努める。
パイプイス四脚を向かい合わせにして作られた即席ベッドで横になっている。周りを見れば練習室であることが分かる。私一人かと思えば、こちらに背を向けてパイプ椅子に座っている人がいる。
まだ制服姿のままの松田さんだ。楽譜を入れてあるファイルを丁寧に、音を立てないようにめくっている。
楽譜をめくる手つきが優しい。うっかり見とれてしまったけれど、見とれている場合ではない。ほかに人はいないようで、私の目が覚めることを待っていてくれたのかと気付いて、慌てて起き上がる。
「大丈夫か? めまいはないか?」
物音に気付いた松田さんが振り向き、立ち上がる。
「はい、ご迷惑おかけして」
松田さんは立ち上がろうとした私を手で制すと、ペットボトルのお茶を差し出す。
「加納から預かった。それと、それは加納」
松田さんが目を反らして指さすのは私の胸元だ。
見れば毛布代わりに掛けられたジャケットの下、ネクタイは緩められてシャツのボタンが二つ目まで開けられている。苦しくないようにしてくれた応急処置だ。
サイズからして、ジャケットは松田さんのものだろう。
「すいません。ありがとうございました」
服装を整えて、松田さんにジャケットを返す。
あとで柚香さんにお礼しとかなきゃ。
加納柚香巡査は私の五つ上、今年二十九歳になる。高校教師をしている母の教え子だった縁で、仕事を離れてプライベートでも付き合いがある姉のような存在だ。筋肉、肉、合コンが好きで、今日も合コンの予定だと言っていたはずだ。
「ちゃんと水分補給しておけよ。帰りの電車で脱水症状起こして倒れたりしたら、駅員さんに迷惑だからな」
はい、と返して受け取ったペットボトルのキャップをひねる。
「……あれ?」
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