第一章 鬼の集落

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第一章 鬼の集落

「おい! たらたら仕事してんじゃねぇよ」 「すみません!」 怒鳴られて首をすくめたのは右耳のない人狼、ジャンであった。黒のタンクトップは木の粉で白く汚れている。  持っていた木材を抱えなおして、小走りで貯蓄庫へと向かう。 「はぁ、はぁ……」 息が切れるのは自分の体重よりも重い荷物をもっているからか、はたまた走っているからか。 「お、お待たせしました」 「こっちに運べ」 鬼が指示を出してそれに従う。 「あっ……」 足元が見えず、小さな石につまずいて盛大に転んだ。 「てめぇ、何してんだ!」 「ご、ごめんなさい」 鬼が苛立たしそうにジャンを蹴り上げる。グフッと息が漏れた。 「ったく、使えねぇなこいつ」 心が痛い。  木材を拾い集めて今度は慎重に歩いた。 「はぁ」 思わずため息が漏れる。ここにきて二年。ひたすら雑用のような仕事をこなすだけの毎日に嫌気がさしていた。 『腹減った』 「僕もだよ、ソライ」 答えてからジャンは眉をひそめた。 (ソライ? 誰に返事をしたんだろ?) 周りを見ても働いている獣人と人間しかいない。 「なにさぼってやがる!」 その怒鳴り声にしっぽがビビッと逆立つ。 「ごめんな……」 「すみません!」 怒られたのはジャンではなく、近くにいた人間だった。 「このっ」 振り上げられた拳を見て、体が動いた。  鬼と人間の間に滑り込み、振り下ろされる拳の軌道をそらした。 「お前、殺されたいか?」 ジャンは鬼の脅しの声が耳に入らなかった。 (なに? なんで僕庇って……。てか、今の動き……) 『お前なら当たり前だ、ジャン』 またあの気だるげな声。 「てめぇ、聞いて……!」 「僕はジャンティー・ルー」 声に出して呟いてみる。 (二年前、鬼に捕らえられてからずっとここで働かされている。奴隷として、働いている) 「違う」 ジャンの頭がズキッと痛んだ。見慣れた記憶が体へ舞い戻ってくるのを感じた。ゆっくりと息を吸い、言葉を紡ぐ。 「僕はジャンティー・ルー。『欠落者』。ソライたちと、仲間と旅をしている」 自分に言い聞かせるように言い切る。その目に鋭い光が戻った。
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