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「ヴァル」
ヴァルシアは高い位置から姉を見下ろした。そして無邪気な笑顔を向ける。
「お久しぶりです、姉さま」
赤褐色の肌に小ぶりな一角、赤い三つ編みが二つ、胸元まで落ちている。アヴェルスと同じ真っ赤な瞳が柔らかく弧を描いている。
アヴェルスの双子の妹。そういわれてもピンと来るものは少ないであろうその容姿に、姉はほうと息を吐く。
「ヴァル、綺麗だね」
「嬉しいですわ。お姉さまは相変わらずお元気そうで」
「うん! 元気だよ」
ヴァルシアは柔らかく微笑んでアヴェルスに近づいていく。ゆっくりと歩く妹をアヴェルスは姉の顔で待っていた。
ヴァルシアがアヴェルスの目の前で止まる。
「ヴァル!」
アヴェルスがぎゅーっと抱きしめた。
「おねえ、さま……」
困惑したような顔をしていたアヴェルスも、そっとその背中に手を伸ばす。
「おかえりなさい」
「ただいま」
二人はしばらくの間抱き合っていた。先に離れたのはアヴェルスだった。
「ねぇ、ヴァル! 今までの話しよ! いっぱいお話ししたことあるの!」
「えぇ」
ヴァルシアはどこか寂しそうな顔で笑った。
「では私の部屋にきてください。いっぱい話しましょう」
「うん!」
二人がヴァルシアの部屋に向かおうとしたとき、一匹の鬼が慌てた様子で入ってきた。
「ヴァルシア様!」
それをみたヴァルシアの顔から優しさが消え、冷たい視線をそれに向ける。しかしそれも一瞬のこと。
「姉さま、先にお部屋に行ってください」
「一緒に行かないの?」
「少しお仕事みたいですわ」
わかった、とアヴェルスは満面の笑みで頷いた。
「お姉さまを私の部屋へ」
「「はい」」
横に控えていた二匹の鬼が頭を下げて返事をする。
「こちらに」
「ありがとうね」
アヴェルスと二人の侍女の姿が見えなくなるとヴァルシアは先ほどまで座っていた高座へと戻り、ため息とともに腰を下ろした。
先ほどまで浮かべていた無邪気な笑みはもうなく、冷酷な女王がそこにいた。
「何ですの」
「申し訳ございま……」
「いいから、早くしてください」
せかされるがままに鬼は震える声で報告する。
「先ほど報告しました、人間、エルフ、人龍のほかに、獣人も幻を解きました」
「また?」
ヴァルシアはめんどくさそうに顔をゆがませた。
「さすがお姉さまのお仲間ね……」
呟きは誰にも届かず消える。
「それで?」
「は、はい。同じように檻に閉じ込めています」
「わかったわ。下がってください」
「は、はい……」
鬼は逃げるように部屋を出て行った。静けさの中でヴァルシアのため息だけが聞こえる。
「上手くいきませんわ。魔眼はいつも通りのはずなんですが……」
「消しますか」
口をはさんだのは無言で部屋の隅で待機していた仮面をかぶった鬼だった。しゃべるだけで部屋の温度が下がった気もする。
「いいえ。そんなことをすればお姉さまがどうなるかわかりませんもの。それに、まだ使えそうですから」
ヴァルシアは頬を赤らめ、嬉しそうに言う。
「せっかく、帰ってきてくださったんですもの」
その顔とは裏腹に、その場にいたものは背筋をぞっとさせ冷や汗が伝った。そして悟るのだ。
あぁ、この人は狂っている。と。
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