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「ねぇ、ヴァルはどんな感じ?」
「どんな感じ、とは?」
そのころ、アヴェルスは侍女と話しながらある一室の前にいた。家の作りは二階建ての洋風。部屋の数はざっと四つ。
王が住むには質素で拍子抜けだが、鬼の集落にこんな家があること自体が異常なことであった。
「アーヴェがいなくなってから、元気にしてた?」
「えぇ、とても」
前を向いたまま侍女が答える。その顔は険しかった。
「そっかぁ」
アヴェルスはそれに気づかないふりをして話し続ける。
「アヴェルス様」
「アーヴェでいいよ」
「お部屋でお待ちください」
侍女の一人がガチャッとドアを開けた。そこにはベッドと机、椅子だけがある質素な部屋だった。ただそれが質素に見えないのは壁一面に並べられた本のせいだろう。
「うわぁ」
思わず声を漏らすアヴェルス。
「ごゆっくり」
侍女はにこりともせず扉を閉めた。部屋にたった一人になるアヴェルス。昔の暗い記憶を思い出した。
石で作られた冷たい部屋。鎖が触れてカチャカチャと音がする。寒くて、暑くて……。
ざわつく心を落ち着かせるために深呼吸をする。
(あ、でも……)
「一人っていうのはなかったな」
今思えばあの環境の中、自分が自分でいられたのはソライたちのおかげだと思う。もし一人であれば死ぬまであそこにいたという自信があった。
「懐かしいな……」
「お姉さまはこの部屋にはいるのは初めてでしょうに」
はっと振り返るといつの間にか部屋の中にヴァルシアがいた。
「座ってもらって構いませんのに」
「えへへ、ぼーっとしてた」
アヴェルスはニカッと笑って見せる。
「ではこちらに」
ヴァルシアは自分のベットに座った。アヴェルスも隣に腰を下ろす。二人分の重みで布団が優しく沈んだ。
「ねぇ、ソライたちはどこにいるの?」
「ソライ?」
「うん、アーヴェと一緒にいた仲間だよ」
その言葉にヴァルシアの顔がぴくっと動く。そんな小さな動きに気づかず、アヴェルスは笑顔で続ける。
「アーヴェ、ソライたちの旅してるの。ここを出てからずーっと一緒なんだよ! みんなすごく強いし優しいの!」
「そうなんですね。じゃあ、おもてなししないと……」
貼り付けたような笑顔。アヴェルスもさすがに気が付く。
「ヴァル?」
「お姉さま……」
ヴァルシアに手をぎゅっと握られ、アヴェルスは驚く。
「なぁに?」
「お姉さま、一緒にここで暮らしましょう」
「……えっ?」
ヴァルシアの目は真剣そのものだった。
「ヴァル」
アヴェルスは静かに、優しい言葉使いを意識して言う。
「さっきも言ったけど、アーヴェは仲間と旅をしてるの。だから、ダメだよ」
「ダメじゃないですわ。だって、お姉さまは帰ってきてくれたのですもの」
「ヴァル?」
握られる力が強くなり思わず顔をしかめる。
「もう、放しませんわ」
がしゃんと音がしてヴァルシアの手が離れるとともに伝わる冷たい感覚。
はっと自分の手を見ると手錠のようなものがかかっていた。力を入れるが破壊できない。
「無理ですわ。これは特別な金属で出来ていますもの」
ヴァルシアは満足したように笑った。アヴェルスはぞっとする。
「ヴァ、ヴァル?」
「これからは、ずっと一緒ですわ」
ヴァルシアの白い手がアヴェルスの健康的な頬に触れる。
「やめて」
アヴェルスはぶんと頭を振って手を払った。
「何のつもりなの? アーヴェはただ……」
「何のつもりはこちらのセリフですわ」
綺麗なヴァルシアの顔が歪む。
「えっ……」
「おやすみなさい、お姉さま」
体に力が入らなくなり思わずベットに倒れるアヴェルス。
最後に見たのはヴァルシアの悲しそうな顔だった。
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