110人が本棚に入れています
本棚に追加
恭太と花森
┈┈┈┈閑静な住宅街を1人の老人が歩いていた。手にはホウキとチリトリを持って、大きな邸宅の溝の掃除をしている最中らしい。
齢は、70すぎ……80手前だろうか。
彼は若い頃に田舎から引っ越してきてここでの生活は何十年にもなる。
しかし、歳がいってからの家の世話は大変なものだった。子供や妻がいる時はそれでも良かったが、結婚なんてなにも上手くいかず、相続した親の金だけがこの老人の生きる糧になっていた。
「やれやれ……」
かがめていた腰を起こして少し休憩しようと、家に入ろうとした時だった。
┈┈┈┈「花森さんですか? 」
男の声がした。
見ると、勧誘がセールスのような風貌だ。
「ああ、勧誘なら結構ですよ。おたくらもしつこいねぇ。ワシは金は出さんと言うとるだろうが」
「俺は厚木と言います」
瞬間、老人の顔がひきつった。
「厚木 恭太です。あなたと志津さんとの子供ですよ。わかりますか? 」
「し、志津……っ」
「そうです。大きくなったでしょう」
老人は腰を抜かしそうな勢いで焦りだし、ホウキを手から落とした。
畳み掛けるように恭太は言う。
「篠崎鉄男さんのおかげでこんなに大きくなったんですよ。それだけ伝えたくてきました」
「な、な、なんで、ワシのことを……っ!? なんでこの場所がわかった!? 」
「青山さんという方が教えてくれました」
「あ、青山……っ!! 」
老人は……いや、花森は尻もちをついた。
「大丈夫ですよ。なにもあなたになんて、思ってもいない。なにもあなたに期待もしたことなんてありません。厚木夫妻と、篠崎夫妻に俺は育てていただきましたから。では」
恭太は、背を向けて帰ろうとした。
だが、それを花森は引き留めようとする。
「ま、まてっ……家にあがってくれ! 本当は堕ろせなんて本心じゃなかったんだっ! 話をしよう!」
けれど、恭太は振り向いたまま素っ気なく返した。
「いえ。俺はあなたが父親だなんて認めてませんから。結構です。では」
それは誰にも見せたことの無い、軽蔑の冷たい眼差しだった。
くるり、と踵を返して恭太は去っていった。
花森は1人取り残された場所で拳を強く握りしめていたのだった……。
最初のコメントを投稿しよう!