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「そのくらい余裕ですが」
「じゃあどうぞ」
すました顔で先生が瞼を閉じる。長い睫毛が揺れる。
息を止め、距離を詰める。唇だけを見つめ、心の中で繰り返し唱える。これはキスじゃなく、ただの血管舐めとり作業である。私にしかできない尊い任務である。
あと数センチ。
唇をわずかに開けて舌を伸ばそうとした時。
「遅い」
突然目を開いた先生が低い声で言って、斜め下から私の舌ごと唇を奪った。それはまさに、血管モンブランに噛りついたみたいに。
先生の唇が離れる。それでもまだ、熱い。そして甘い。
「知ってるか? 唇は皮膚が最も薄い器官で、赤く見えるのは血管が透けているからなんだ。つまりキスは、他人が血管同士を最接近させる行為ってこと」
不敵な笑みに、私の中にある全長9万kmの血管に電気が走った。倍速以上に心臓が拍動し、血液と共に痛いくらいのときめきが駆ける。
知らなかった。
キスって、なんて淫らで崇高な行為なんだろう。
「先生、もう一回」
「キスしてくれって?」
「キスをしたいというか、他人の血管同士を最接近させるという視点からもう一度じっくり唇を味わいたくて」
あくまでもフェチとして焦れる私の頭を、苦笑いの先生がくしゃっと撫でた。
「相変わらず変態だな。白衣の天使が聞いて呆れる」
頭頂部に触れていた大きな手が後頭部に回る。
不意の引力に体ごと持っていかれる。
そして先生は、小さく悲鳴の漏れた私の唇に、淫らで崇高な口づけをそっと落とした。
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