26人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
俺のバレンタインディ 稔 前編
<2月14日(日)21時ごろ>
今日最後の仕事は生放送のラジオだ。
ラジオ局の専属パーソナリティの小原輝雄とゲストの三人でやっている。
『日曜夜は早く寝ろ!』
という洒落にならない名前の番組で、その直前にはプレスト・サンクの『サンサンプレサンデー』という30分番組がある。これは録音で月に一度録り溜めをしている。
『プレサンデー』の方はメンバー五人がそれぞれ放送作家が作ったテーマに従って、トークをしたり、かける曲の紹介をしたりする。その中にはコメディ要素満載のドラマがあったりもする。
ドラマはもちろんヒーローモノだ!
プレサンの五人が正義の味方プレサンデーとなり、時を操る悪の組織「カエチャ・ウゾー」の首領ワル・インダゾーが歴史や物語の結末を変えようとするのをタイムマシーンに乗って阻止しに行くコメディドラマなのだ。
その中でなぜか、稔はミドリン姫という特殊な役で、必ず女性の身体にタイムスリップしてしまうのだ。その上、これがまた都合よく頻繁に悪の組織「カエチャ・ウゾー」に攫われてしまうのだ。
このドラマは一部のファンには絶大な人気があるようで、局に届くハガキにはそのイメージイラスト付きのものや、そのパロディなどが大量に送られてくる。中にはプロ顔負けのシナリオを送ってくるファンもいるぐらいだ。
姫をやるなら、可愛い担当のイエローがすべきだと思うのだが、稔はイジラレ役なので、そこは納得している。
稔は『日曜夜は早く寝ろ!』の進行表を見ながら、チーフディレクター、アナウンサー出身のパーソナリティ小原さんと打ち合わせをしっかりと行ってからブースに入った。
ここでもいじられキャラなので、いつもゲストは教えられていない。今日もそうだ。
♬〜♪~♬
「はーい、今夜も始まりました! 2月14日も残り1時間となりました!『日曜夜は早く寝ろ!』のパーソナリティ美中年の小原輝雄とぉ」
「こんばんは! プレスト・サンクの抹茶、いやグリーン、いやいやミドリの、杉野稔で〜す」
「今日も、元気だね〜 ミドリン姫は」
「いやん、ミドリン、また捕まっちゃったのぉ」
「そうだった! 今日はもうちょっとで、ワル・インダゾーに唇を奪われるところだったねー。惜しいっ!」
「惜しいって、なんてこと言うんですかぁ? みのりん困っちゃう」
「ノリノリだね〜、ミドリン姫は今日はチョコ誰にあげたの?」
「ミドリン、好きな人いないからぁ、お世話になった方々にお渡ししました💓」
「そーなんですよ! なんと、このブースにはレディゴダイバの詰め合わせがどどーんと届いております!」
「美味しいですよね! 俺が買ったわけじゃないんですけど…」
「え? もう、素に戻っちゃう? んで、それ言っちゃうわけ?」
「はは、でも、ちゃんと言っとかないと、これはブルー月島からの差し入れです!」
「おお! さすが! 月島ちゃんは気配りの人だよねー」
「そーなんですよ!」
『まぁ、そんないい人じゃないけどねー。
どうせ、チョコもらえないんだろ? って嫌味満載で渡された物の有効活用って、言えないよねぇ』
このパーソナリティ小原さんとペアを組ませてもらって五年になる。
トーク力が貧弱だった俺は小原さんに本当に色々と教えてもらって、この二時間という長い生放送中、大きなミスもしでかさず続けて来られた。
進行表通りに話は進み、日付が変わる十五分前にゲストの紹介となった。
「本日のゲストは! ジャジャーン! プレスト・サンクの黒こと黒沢和幸くんでーす!」
「え? え? え? 大丈夫なんですか? いいんですか? 黒、まぢ、無口ですよ!」
「こんばんは、黒沢です」
「うわっ黒が、黒が喋ってるよ!」
「酷いな、俺も喋るよ」
「黒、無理すんなよ!」
「心配ご無用! 美中年パーソナリティ、ん十年のベテラン小原がどんどん話を引き出しますよ!
いやぁ、黒くん、渋い声だよね! カッコいいよね! クール! イケメーン!」
「**! ***!」
ぐいっと肩を引かれて、無理矢理振り返らされた。
目の前にいるのはプレ・サンメンバーの黒沢だ。
無口なやつが何の用だ? と思ってイヤホンを外す。
「(また)……、『カノン』?」
「うん、なんかこの時期になると無性に聞きたくなるんだ。それでどうした?」
「今夜、一緒、帰る」
「ああ、黒も近くで仕事? 今夜のラジオ生放送終わったら、一緒にタクるってこと?」
「ん」
「オッケー、終わったら連絡して、俺もするから」
「ん」
ホント、黒って喋んないんだよな、そう思いながら、イヤホンジャックを装着した。次への仕事場所までの少しの移動時間だけど、長年愛聴しているCD『カノン』に戻った、というのが今朝のことだ!
最初のコメントを投稿しよう!