俺のバレンタインディ 稔 前編

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俺のバレンタインディ 稔 前編

<2月14日(日)21時ごろ> 今日最後の仕事は生放送のラジオだ。 ラジオ局の専属パーソナリティの小原輝雄(おはら てるお)とゲストの三人でやっている。 『日曜夜は早く寝ろ!』 という洒落にならない名前の番組で、その直前にはプレスト・サンク(稔・大河たちのアイドルグループ)の『サンサンプレサンデー』という30分番組がある。これは録音で月に一度録り溜めをしている。 『プレサンデー』の方はメンバー五人がそれぞれ放送作家が作ったテーマに従って、トークをしたり、かける曲の紹介をしたりする。その中にはコメディ要素満載のドラマがあったりもする。 ドラマはもちろんヒーローモノだ! プレサン(プレスト・サンク)の五人が正義の味方プレサンデーとなり、時を操る悪の組織「カエチャ・ウゾー」の首領ワル・インダゾーが歴史や物語の結末を変えようとするのをタイムマシーンに乗って阻止しに行くコメディドラマなのだ。 その中でなぜか、(みのり)はミドリン姫という特殊な役で、必ず女性の身体にタイムスリップしてしまうのだ。その上、これがまた都合よく頻繁に悪の組織「カエチャ・ウゾー」に攫われてしまうのだ。 このドラマは一部のファンには絶大な人気があるようで、局に届くハガキにはそのイメージイラスト付きのものや、そのパロディなどが大量に送られてくる。中にはプロ顔負けのシナリオを送ってくるファンもいるぐらいだ。 姫をやるなら、可愛い担当のイエロー(木本春樹)がすべきだと思うのだが、(みのり)はイジラレ役なので、そこは納得している。 (みのり)は『日曜夜は早く寝ろ!』の進行表を見ながら、チーフディレクター、アナウンサー出身のパーソナリティ小原さんと打ち合わせをしっかりと行ってからブースに入った。 ここでもいじられキャラなので、いつもゲストは教えられていない。今日もそうだ。 ♬〜♪~♬ 「はーい、今夜も始まりました! 2月14日も残り1時間となりました!『日曜夜は早く寝ろ!』のパーソナリティ美中年の小原輝雄(おはらてるお)とぉ」 「こんばんは! プレスト・サンクの抹茶、いやグリーン、いやいやミドリの、杉野(みのり)で〜す」 「今日も、元気だね〜 ミドリン姫は」 「いやん、ミドリン、また捕まっちゃったのぉ」 「そうだった! 今日はもうちょっとで、ワル・インダゾーに唇を奪われるところだったねー。惜しいっ!」 「惜しいって、なんてこと言うんですかぁ? みのりん困っちゃう」 「ノリノリだね〜、ミドリン姫は今日はチョコ誰にあげたの?」 「ミドリン、好きな人いないからぁ、お世話になった方々にお渡ししました💓」 「そーなんですよ! なんと、このブースにはレディゴダイバの詰め合わせがどどーんと届いております!」 「美味しいですよね! 俺が買ったわけじゃないんですけど…」 「え? もう、素に戻っちゃう? んで、それ言っちゃうわけ?」 「はは、でも、ちゃんと言っとかないと、これはブルー月島からの差し入れです!」 「おお! さすが! 月島ちゃんは気配りの人だよねー」 「そーなんですよ!」 『まぁ、そんないい人じゃないけどねー。 どうせ、チョコもらえないんだろ? って嫌味満載で渡された物の有効活用って、言えないよねぇ』 このパーソナリティ小原さんとペアを組ませてもらって五年になる。 トーク力が貧弱だった俺は小原さんに本当に色々と教えてもらって、この二時間という長い生放送中、大きなミスもしでかさず続けて来られた。 進行表通りに話は進み、日付が変わる十五分前にゲストの紹介となった。 「本日のゲストは! ジャジャーン! プレスト・サンクの(クロ)こと黒沢和幸くんでーす!」 「え? え? え? 大丈夫なんですか? いいんですか? 黒、まぢ、無口ですよ!」 「こんばんは、黒沢です」 「うわっ黒が、黒が喋ってるよ!」 「酷いな、俺も喋るよ」 「黒、無理すんなよ!」 「心配ご無用! 美中年パーソナリティ、ん十年のベテラン小原がどんどん話を引き出しますよ!  いやぁ、黒くん、渋い声だよね! カッコいいよね! クール! イケメーン!」 「**! ***!」 ぐいっと肩を引かれて、無理矢理振り返らされた。 目の前にいるのはプレ・サンメンバーの黒沢だ。 無口なやつが何の用だ? と思ってイヤホンを外す。 「(また)……、『カノン』?」 「うん、なんかこの時期になると無性に聞きたくなるんだ。それでどうした?」 「今夜、一緒、帰る」 「ああ、黒も近くで仕事? 今夜のラジオ生放送終わったら、一緒にタクるってこと?」 「ん」 「オッケー、終わったら連絡して、俺もするから」 「ん」 ホント、黒って喋んないんだよな、そう思いながら、イヤホンジャックを装着した。次への仕事場所までの少しの移動時間だけど、長年愛聴しているCD『カノン』に戻った、というのが今朝のことだ!
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