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 気まずそうな顔をした、あれはチエちゃんだ。年が同じで、小さいころは親の目を盗んではよく一緒に遊んだチエ。遊んでいてチエが楽浪に怪我をさせたら申し訳が立たないと、チエの母に何度も止められた。楽浪はそんなこと気にしなかったが、しだいにチエも楽浪を避けるようになった。そして二年前、決定的な事件が起こった。村の集まりで、儀式のおりの主さまへの捧げものについて極秘に話し合われた内容が、どこからかチエに漏れたのだ。務めを果たす(ヽヽヽヽヽヽ)にふさわしい若い娘の候補にチエの名も挙がったらしく「どうしてわたしなの、楽浪がいるじゃない。絶対、主さまは楽浪をとられたから怒ってるんだ」とチエは泣いた。結局その話はうやむやのまま立ち消えになり、楽浪はそれ以来、チエの顔をまともに見られない。  駆け抜ける速さで流れていく景色が、みじめな楽浪をあざ笑う。見慣れない場所に出て足を緩めた。見つけたのは沢だった。  着物の裾をからげ、沢に分け入る。底を這う藻に足を取られそうになりつつ、冷たい流れに膝まで浸かると、ようやく落ち着いた。洗濯物の山からお気に入りの赤いひもを取り出し、水にひたして、ふと視線を感じた。  川下の、水かさが増して流れが速くなるあたりに、子どもが立っている。しかし、そう思ったのもつかの間で、目を擦ってみればだれもいない。寝惚けたかと肩を落としたとき、手をすり抜けてお気に入りのひもが流された。  楽浪は慌てて後を追う。ちょうど子どもを見たと思ったあたりで、藻を踏んづけた足が滑った。体勢を崩し、背中から放り出される。水柱が立ちのぼる一瞬を目に焼きつけて、楽浪は川に呑まれた。  思った以上に流れが速い。楽浪は必死で川面に顔を出そうとしたがままならず、岩場のあちこちに身体をぶつけ、その衝撃で口から息を吐き出した。勢いよく流れ込んできた水が喉を灼く。  もしかしてわたし、死ぬのかな。ぼんやり浮かんだ思考を楽浪は打ち消した。そうだった、鐘が鳴らないのなら、楽浪は死んだも同然なのだった。涙を流してもそうとわからない水の中で、楽浪は意識を手放した。
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