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 島では大小おりまぜてさまざまの鳥居を見かけたが、いっこうに人とすれちがわなかった。小夜のおっかさんのもとへ連れて行かれるようすもない。肩透かしを食らった楽浪に、小夜はきらきらした目を向けた。 「あたし、ずっと暇だったんだ。一緒に遊ぼう」  楽浪は勝負を挑まれたが、木登り、魚とり、どれも小夜には敵わなかった。あまりに勝てないので、さしもの楽浪もだんだん熱が入り、そうしているとチエと遊び回った遠い昔が思い出された。小夜は、友人と呼ぶには幼すぎる。妹ができたらこんな感じかもしれない。  的当てと称し、湖を見はるかす高台から、眼下に突き出た鳥居めがけて土器(かわらけ)を投げながら、楽浪は訊ねた。 「この島に、住んでいるのは、何人くらい?」  楽浪が投げた土器はあさっての方向へと飛んでいく。次は小夜の番だ。気負ったようすもなく振りかぶり、指先から放たれた土器は、鳥居の柱に当たって跳ね返った。 「だあれもいないよ」 「だあれもって……文字どおり、だあれも?」  競っているのは鳥居に当たった数だ。小夜は蹲り、拾ってきた細枝で地面に九本目の線を刻んだ。楽浪の足元には、たったの二本。あと一回ずつ交互に投げることになっていたが、勝負はとっくについていた。 「たまに、たくさんの男の人がやってきて騒がしくなるけど、みんなすぐ帰っていくよ。いつもひとり寂しく寝るの」 「ひとりって、おっかさんは?」  質問を畳みかけると、地面に書きつけた九本の線を足で踏み消して、小夜は唐突にかんしゃくを起こした。 「あーあ、あんた弱い。勝ってばっかでつまんない。勝ったあたしから命令。面白い遊び、なにか考えてちょうだいよ」  楽浪は面食らったが、へそを曲げた小夜は面白い遊びを考えての一点張りだ。手元を交互に見て、一枚ずつ残った土器に、楽浪は苦し紛れに言った。 「願掛けしよう」 「願掛け?」 「願いごとをひとつ、声に出さなくていいから、胸のうちで唱えるの。そして投げる。土器が鳥居をくぐったら、願いごとは叶う。それ以外は叶わない。面白そうでしょ?」  やっていることは的当てと一緒だが、小夜が食いついたので、楽浪は胸を撫で下ろした。  しかし、自分から言い出したこととはいえ、突然願いごとなんてこれっぽっちも浮かばない。土器を片手に楽浪は立ち尽くした。  あれ、わたし、どうなりたいんだっけ――  自分の中にぽっかりと空洞ができていた。  生まれ育った村で、息ができずにいるあいだ、楽浪は自分を空っぽだと思ったことはなかった。むしろ、重たいものを抱えすぎていると思っていた。ただの村娘になることを望んでいた。  今、この島で、母の形見を身につけず、母のしがらみから解放され、たったひとりの楽浪として過ごす時間は、楽浪が喉から手が出るくらい欲しかったものだった。望んだものを手に入れたのに――どうして、こんなに空っぽなのか。  ろくでもない思考を振り切るように、楽浪が力任せに投げた土器は、予想に反して鳥居の下をくぐって地面に転がった。  ぽかんとする楽浪と対照的に、小夜はやんやと囃し立てた。どんな願いごとをしたのかしきりに訊ねてきて、楽浪は口ごもる。  小夜はふと大人びた顔をした。ほつれ毛を耳の後ろに掻きやるなまめかしいしぐさに、楽浪の目が吸い寄せられる。 「当てたげようか」  低い声に背筋が粟立つ。見透かすような小夜の目が怖かった。しかしそれも一瞬のことで、小夜は子どもの顔に戻り、からかうように告げる。 「住んでたとこに帰れますように、でしょう。顔に書いてある」  それはいかにも、今の楽浪にぴったりな願いごとに思われた。救われた気分になって、しれっと調子を合わせながら、楽浪は自分に問いかける。帰りたいのか、帰りたくないのか。答えは見つからない。
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