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「次、あたしね」  腕まくりをし、手を合わせて熱心に祈る小夜は、遊びだったときよりよほど緊張していた。肩にも指先にもよけいな力みがうかがえる。  小夜の投げた土器はゆるやかな放物線を描く。小夜も楽浪も、固唾を呑んでその行方を見守った。  土器は、鳥居の上を通り越し、ぽちゃんと水音を響かせた。湖面に水の輪が広がった。 「ああ、外しちゃったかあ。残念」  小夜は唇を尖らせただけで、少しも残念そうでなかった。結果は知っていたとでも言いたげだ。そして唐突に、おっかさんはねと続けた。そういえば、楽浪がおっかさんのことを訊ねたのを、はぐらかされていたのだった。 「おっかさんはね、ずっと目を患ってる。だから、あたしがおっかさんの《目》なの。そういう約束で、あたしはここにやって来た」  自分に言い聞かせているみたいだ、と楽浪は考えた。 「……でも、わたしを運んでくれたって」 「代わりに耳と鼻がきくから、あんたが溺れているのも気づいたんだよ」  楽浪は無意識に着物の衿に手を伸ばす。母の形見の目玉が今そこにあるわけがない。楽浪が、手放すことを選んだから。 「小夜のおっかさんは、今どこに」 「今は、湖の底で眠ってる」  母親を起こさないように気を遣ってか、小夜は声をひそめた。 「知ってる? 湖の底にはお城があるの。あたし、何度も行ったことがある。とってもきらびやかで、美味しいものが食べられて、ふわふわした気持ちになれる場所なの。息ができなくて苦しかったことも、もっと友達と遊びたかったことも、すべて忘れさせてくれる場所なの……」  小夜がうっとりと頬を上気させるのを楽浪は信じられない思いで見つめた。心臓は痛いほどに鳴っている。泣いていたチエの面影に小夜が重なった。  チエになりそこなった小夜。楽浪が母の目玉を手に入れたことと引き換えに、捧げものにされてしまった憐れな子ども。小夜がその業を背負うなら、母の形見を捨て、業を捨てた楽浪(わたし)は、だれ? 「ねえ小夜、ここはどこ?」  小夜の声が、波間にただよう。 「あんたも、聞いたことはある? ここは神さまが棲まう島。湖の主さま――おっかさんを祀って、人がいなくなった島だよ」
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