僕は哲学ゾンビだった

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 電話越しのTは酔っているのか、饒舌だった。 「俺はのぉ、3年間お前がキャッチボールの相手やったけん、野球を続けられたんや」  あはは、と僕は軽い笑い声でその彼の物語を混濁させ、曖昧にお茶を濁した。  10年も昔に遡ることになるが、僕は野球をやっていた。いわゆる高校野球という奴だ。そのくらいの事はいくら記憶力が薄弱な僕でも覚えている。僕は小学校の中学年から野球を始め、結局他に何の選択肢も選ぶことなくそのままエスカレーター式に繰り上がっていくかのように、高校の3年まで野球を続けた。  Tが言う。 「俺らの学年はよぉけ辞めた奴が居る。それでも俺が野球を続けられたんは、お前がおったけんや。お前が俺のキャッチボールの相手やったけんや」  丁度、僕が高校で野球をやっていた頃には体罰などが大きく問題になっていた時期だった。同じく先輩の後輩に対する恐喝的な〈S合〉と呼ばれる下級生にとっての恐怖の通過儀礼の時間が僕にもあった。その結果、僕らの学年のメンバーの実に三分の一が部を辞めた。それでも僕は残った。Tと一緒に。  何故か? はっきり言って僕自身にも理解できない。全く思い出すことができない。それだけではない。最後の大会の内容も、練習の時に繰り返した反復練習も、先輩のしごきそのものも、ほとんど何も僕は覚えていない。  勿論、それがあった事自体は間違いがない。当時のTを含めた全員がそう証言しているし、辞めた仲間の内には小学校からの付き合いのあった奴もいた。それでも僕は、その時の具体的な内容の記憶を個人的体験として思い出す事がどうしてもできないのだ。  結局、それは当時僕が何も考えていなかったからに過ぎない、何も意識していなかったからに過ぎない、もっと言えば僕は生きながらに意識を失い、薄い意識の中ただ漠然とした反応と反射によって生きていたに過ぎないと言うことが分かったのは、それから数年経った後の事だった。
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