僕は哲学ゾンビだった

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 Tからある写真が送られてきたのは、唐突な出来事だった。  それは1本のバットの写真だった。木製の、試合では金属を使うために使われない、非常に重く作られた、素振り用の使い込まれたバットの写真。そしてその写真を見た僕の脳裏に思い出されたのは、自分自身の使っていた古い木製バットの存在。やはり僕にはそれを使って素振りをした具体的なイメージとしての記憶など、ほとんどない。あっても1つ2つ程度のイメージでしかない。しかし確かに僕はそれを使って素振りをしていた。何千回、何万回と素振りをしたはずだ。何も考えず、無心に、一心不乱にただ振った。  こう話すと良いことのように聞こえるかもしれないが、実際上手くなる選手というものは一振りごとにきちんと思考するものだ。小学生くらいまでならばただフォームの形を整えるためだけに無心で振るのも良いかもしれないが、それ以降となるとそうも言っていられない。特に僕のような運動センスに著しく劣るような人間であれば尚更だ。フォーム、力の入り具合、スイングの軌道、様々な事を意識的に、そしてそれを次第に無意識的にできるようになる為に、素振りというものはある。少なくとも僕の理解ではそうだ。  そしてこの無意識という奴が厄介だ。無意識の記憶は意識の長期記憶にはなかなか残らない。無意識で活動する自分自身の身体動作、例えば朝の出勤の時の動きなんかはそのほとんどを脳の無意識が勝手に行っている。わざわざあっちの道をこう行って、などと意識が思考せずともまるで身体が覚えているかのように半自動で道を進むことが出来る。素振りもそうだ。今僕が行っている文字を打つという動作だってそうだ。  意識には覚醒時間が存在する。今僕が目覚めてこれを書いているように見えて、その動作のほとんどを無意識が行なっている。思考と言葉のみが僕の意識の証明だ。  当時の僕の素振りに思考が全くなかった訳ではない。しかし圧倒的に少なかった僕の素振りに記憶が薄いのも納得できる。  僕にはほとんど意識が無かったのだ。僕はまるで哲学ゾンビのごとく学校へ行き、部活へ行き、家に帰ってご飯を食べて寝る。  Tは結局センターでレギュラーを取った。僕は万年ベンチで1塁のランナーコーチだった。その差は歴然だ。結局ゾンビは人間には勝てないという、お決まりの物語という訳だ。  彼女との別れは、あっさりと訪れた。大学4年の卒業を機に、彼女は北海道へと帰った。そして僕はなんの故あってか、こうして文章を書き、未だずるずるとその意識の在り処を東京に求めるかのごとくアルバイトをして暮らしている。 「意識の証明のために、私は記録するの」  彼女のその言葉を借りれば、僕は僕の意識の証明の為に、この文章を今まさに書いている。彼女は今も北海道の大地でカメラを回し続けているのだろうか。  先日、Aさんという女性と知り合った。新しいアルバイトの子で、明るく、親しみ易く、とても元気な女性だった。  ある時、ふと気がつくとアルバイト先のロッカーでAさんが背後に立って笑っていた。 「あなたの意識は、今ありますか?」  僕は度肝を抜かれてAさんを振り返った。  Aさんは笑みを顔に張り付かせたまま、こう言った。 「大丈夫、何も心配しなくていいんです。何も考えずに私について来てください。そうすればあなたの潜在意識は昇華され、新たな魂へと生まれ変わるでしょう」  なるほど、と僕は頷いた。  意識が働く。思考し、結論し、僕は告げる。 「ツボは買いませんよ」  僕の意識の証明、一時的に終わり。
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