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ある日のこと、私は友人宅にテレビゲームをやりに行く流れになった。
この当時は先述のようにテレビは一家に一台の時代。条件としては私と同じである。しかし、友人宅は私の家とは違うことがあった。私は友人宅のリビングに上がりこんだ瞬間に誰もいない伽藍堂の空間を見て、思わず尋ねてしまった。
「あれ? お前んち親は?」
「スーパーでパートやってる。店閉まる8時過ぎまで帰ってこない」
「ふーん、夜メシも遅いの?」
「作ってあることもあるし、金だけ置いてあることもあるし、レンチンの冷凍食品かカップ麺ってこともある」
「ふーん」
「お前んち、いいよな。いつもカーチャンいて」
私にとっては「いるのが当然」で「いない」ことなど想像の欠片すらも出来ないことであった。
「そんな事どうでもいいだろ? 早くゲームやろうぜ?」
それから私は何軒かの友人の家に遊びに行ったのだが、いずれも家に母親がいることはなかった。今にして思えば、我が国は好景気が終わったばかりの不況の入り始めで、夫の給料だけでは家計が回らずに、妻も働きに出る「共働き」の家庭が増えていた。
私の友人は皆「共働き」の家庭であった。母が常に家にいるのは私の家庭のみである。
小学校中学年になり、私は新しいゲームを買って貰ったので友人を呼ぶことにした。しかし、友人は渋い顔をした。
「昨日、ゲーム買ってもらったんだ。ぼくんちでやろうよ」
「え? お前んち? カセット持ってきてウチでやらね?」
「どうして? ぼくの家じゃだめなの?」
「いやぁ、お前んちだとカーチャンいるじゃん? じーっと見られているようで緊張するんだよ」
「ああ、そうなの?」
「お前んちさぁ、カーチャン常にいるから鬱陶しいんだよね」
「ご、ごめん」
私は何故か知らないが謝ってしまった。友人は更に続けた。
「お前んちのカーチャン、働かないの? オレのカーチャン、毎日夜遅くまで帰ってこないぜ?」
この友人の母親は水商売で毎日夜遅くまで帰ってこない。家に帰ってからはずっと一人で夜中になるまでテレビゲームがやりたい放題。クラスの中で同じゲームを買った者達の中で一番乗りでクリアをするのは大抵、彼である。
ちなみに、母一人子一人のシングルマザー家庭である。
「お父さんのお給料だけで大丈夫みたい」
「でも、お前んちのカーチャン、内職やってるじゃん」
私は父の給料の額面を知らないが、家は友人たちの家に比べて大きいし、夏休みは飛行機に乗っての海外旅行が定番で、買い物の際も値段を気にせず買い物カゴに入れることから、なんとなく「金持ち」であることは分かっていた。上の下ぐらいの家庭だろう。他に兄弟がおらずに一人っ子で生活に余裕があったのかもしれない。そんな家なのに母はどうして内職をしているのだろうか? 今になって考えてしまった。
それからと言うものの、私の家には誰も遊びに来なくなってしまった。友人に理由を聞くと「お前の家にはずっとカーチャンがいるから」だそうだ。
精神的に幼い私は常に家にいる母に対して逆恨みをするようになってしまった。家に友達が来ないのは母がいるせいだと考えるようになったのである。そんな気持ちで家に帰ればリビングにちょこんと座り内職をする母を見るだけで腹が立ってくる。
「あら、おかえり」
私は母の言葉に何も返さず、ランドセルを投げ捨てすぐに友人の家に向かうのであった。
友人の家のリビングには母親が仕事に出ておりいない。
愚かで幼稚な私は「家に帰って誰もいない」と言うことにカッコよさと憧れを覚えるのであった。
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