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少年編29
春子の話によると薫達親子はひとまず実家のお世話になるらしい。
それがどこにあるかは、春子に聞いても幼い隆司には理解しがたく、関東から東の方の行った事もない田舎町だそうだ。
春子と隆司の存在にいち早く気づいた薫の母親は、
「薫ちゃん、ほら。隆ちゃん来てくれてるで。」
と薫のももを叩く。
天井を見上げていた薫はそのまま視線をずらして2人を見つめ、
「隆ちゃん来てくれてんな。」
とベンチから立ち上がって、精一杯の笑顔で喜びを表現する。
その少し引きつった笑顔を見て、隆司は複雑な気持ちで言葉に詰まる。
春子がそっと無言で隆司の肩に手をかける。
そこで隆司はこの場へ来るまでに春子からレクチャーを受けていた薫を元気付ける魔法の言葉を思い出し、それを合図とともに実行してみる。
「薫ちゃん元気でな。冬休みにかあちゃんと一緒に遊びに行くし、そん時またプロレスごっこしよ!それまで待っててな!」
と薫の少し潤んだ瞳を真っ直ぐ見つめながら、いつもの次に会う時の約束のように話しかける。
春子のレクチャーは、
「とにかく悲しくなるような話はダメ。薫ちゃんが楽しくなるような話をしなさい。」
そう言われていた。
隆司は一生懸命に楽しい事を思い出した。
そして薫は男勝りなところがあって、無類の格闘技好きだった事を思い出した。
隆司自身も片っ端からからレスラーの名前と得意技を言えるぐらいに大好きだ。
2人が男女を意識する事も無いぐらいに今よりもまだ幼かった頃、よくプロレスごっこをして遊んだものだ。
技のかけあいを競ったり、好きなレスラーの話をしたりした。
お互いを異性として意識するようになってからはそんな機会もほとんどなくなっていた。
しかしついこないだ、商店街で初代タイガーマスクの貼り紙を見かけた話を薫にすると、そこからプロレス談義に火がついて盛り上がり、これ以上ないぐらいに生き生きとして心から楽しそうに話す薫の光景を思い出し、子供ながらにコレしかないと思ったのだ。
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