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少年編34
もちろん手紙の封は開いていない。
隆司はそれを悪夢から覚めた面持ちで受けとり、一度は大切にそっと膝の上に置いた。
「やっぱり、かあちゃんが持っといて。」
そう言って、一旦受け取った手紙を春子に差しもどす。
「読まへんの?」
と春子は隆司に聞こうとしたが、息子の複雑な心中を察して言葉をのみこむ。
春子の心配りは的中した。
隆司は薫の死を受け入れる事が出来ずにいた。
幼い隆司にも薫がもうこの世に存在しない事ぐらいはわかっている。
そうじゃない。
この手紙の封を開ける事によって、思い出の中の薫までもがどこかへ飛んでいってしまい、もう二度と思いだすこともできなくなりそうで怖かった。
そんな心の葛藤も時の流れによって緩和され、のちにこの手紙の封を開ける決心がついた時、あまりにもの自分未熟さと不甲斐なさに後悔してやまない気持ちになるのだが…。
春子はすぐにでも親友の元へ駆けつけたかった。
しかし、同じ母親として我が子を失った親友の元へどんな顔をして会いに行けばいいのかわからなかった。
どんな言葉をかければいいのか?
元気付けた方がいいのか、一緒に悲しんだ方がいいのか?
あまりにもの身近な存在の不幸に、春子も動揺していた。
結局、スケジュールの都合と場所が遠方な事を理由に電報だけ送り通夜と葬儀には参列しなかった。
初七日が過ぎ少し落ちついた頃に、思い切って一度連絡する事にした。
その時薫の母親は、今もなお我が子の死というショックから抜けきれず、体調をくずして寝たり起きたりを繰り返している様だった。
親友は電話の向こうでそう言いながら、泣いていた。
春子はあまりにも心配で居てもたってもいられず、かける言葉も持たないままで親友の元へ向かった。
親友は少しやつれていたけど、昔話や冗談を言い合いながら話していると顔色も多少良くなって、持参したケーキもペロリとたいらげてくれた。
もっとはやくに来るべきだった。
そう春子は後悔したと同時に、隆司をこの場に連れて来なくて良かったと、心の片隅で思った。
一人の大切な存在を失ったそれぞれの心の痛みは、流れ行く時間がそっと洗い流してくれた。
薫を失ってから数年後の春、隆司は小学校に通い始める。
その日は校庭の桜が満開に咲き誇り、雲一つない空が心までも晴れやかにしてくれる様な穏やかな日だった。
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