【二千字掌編】エッセイ 『5万回斬られた男』~福本清三さんを偲ぶ~

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 私は京都の東映太秦(うずまさ)映画村で、福本さんを見かけたことがある。  1990年代、雪が残る3月のことだった。映画村は、撮影現場でもある江戸の街並みを、そのまま来場客が歩けるという、今でいうテーマパークの先駆的存在だ。奉行所や遊郭など、時代劇でおなじみのスポットを自由に見学できる。  社会人になりたてだった私は、誰か有名俳優が来はしないかと、気もそぞろに映画村を散策していた。湿った土と木の風合いで作られた江戸の街を、時折衣装に身を包んだ人が歩いていく。子供の頃から時代劇をよく見ていた私としては、斬りあうシーンが見たいという思いもあった。  撮影があると聞き、ひとだかりに近づくと、現場は木塀の向こう側で見えなかった。しかし運よく、私は隙間から中を覗くことが出来た。  大きなドラム缶に火が焚かれている。その傍で、浪人と思しき身なりの男性俳優が二人、椅子に座って暖を取っている。どうやら撮影の合間の休憩場所らしかった。
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