<1・鳴く、鳴く、鳴く>

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<1・鳴く、鳴く、鳴く>

 これはひょっとして、ひょっとしなくても非常にまずいのではないか。  招来学園高等部教員、千葉雅(ちばみやび)は内心で頭を抱えていた。既に時刻は八時を過ぎている。教員の中には職員室に残っている者も多いが(いかんせん学校の教師という仕事は、授業や部活動が終わってからが本番のようなところもあるのだ。生徒がいる間はデスクワークの大半ができないのだから)、外は既に真っ暗な闇に包まれている。寒い季節でなくても、八時まで太陽が空に残っていることなどあるはずもないのだ。しかし、千葉の手は殆ど止まったままの状態となっている。  理由は、自身が担任する1年E組。  このクラスに、このままだと留年しかねない、成績のやばい生徒がいるのだ。その筆頭が、女子生徒である坂崎詩織(さかざきしおり)。真っ赤な髪にあっちこっちにピアスをつけているという、一見すると不良にしか見えないような少女である。ピアスには彼女なりの事情があるので特別に容認しているし、先生への態度がなっていないなんてこともなく話してみれば悪い娘ではないのだが――純粋に、勉強が苦手すぎるのだ。  まさか複数の科目で同時に“アウトです”判定を下されるとは思ってもみなかった。  特に化学と体育。化学は元素記号が覚えられなくて撃沈している生徒も複数いるのでわからなくもないのだが、体育でペケを貰う生徒が実在しようとは。彼女の場合、理由は二つだった。体育の授業への出席率が悪く、出席したかと思えば他の生徒と問題を起こすこと。それを補える唯一の要素である保健体育の筆記テストが壊滅的にできないということである。 ――運動神経が悪くない……むしろいいからこそ、揉めるんだろうなあ。  彼女はクラスでも問題児の一人として数えられてしまっていた。とにかく協調性に欠けるのだ。彼女が信頼している、本当に一握りの人間の言葉しか聞かない。聞いても曲解する。おまけに一部の女子とは破滅的に相性が悪い。先日もマラソンの練習中に姿が見えなくなったと思ったら、彼女と犬猿の仲である米田桃子(よねだももこ)ととっくみあいの喧嘩をしていた――なんてこともあった。  何が困るって、本人が“別に留年してもどうでもいい”と本気で思っているっぽいことである。本人はそれで良くても、教師としてはそういうわけにもいかないのだ。高校一年生で、学業不振のせいで留年なんてことさせるわけにはいかないのである。こうなった以上、複数の先生に補修をお願いするしかない。ただ。 ――そうなると。暫く坂崎さんは部活動に参加できなくなりそうなんだよな……どうしたものか。  部活より学業が優先。普通はそうだし、自分も本来ならそうするべきと思っている。そう、彼女が所属し自分が顧問を務める“オカルト研究会”が普通の部活動ならばそれで良かったのだ。  そう、普通、でないから問題なのである。
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