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001:君の名前
いつものメンバーで学食に揃ったある日。早々とラーメンのスープを飲み干した渉が、唐突に口を開いた。
「なぁなぁ、餃子パーティーしようぜ~」
「……お前はまた……なんや急に……」
眉間に皺を寄せた稔が唇を尖らせる。2人きりの食事がそんなに嫌なのかと言いたげな表情に、気付いているのは自分だけだろうか。
さすがにフォローした方がいいかなと頬張ったばかりの唐揚げをどうにか飲みこもうとしていたところに、ラーメンを啜っていた今藤があっけらかんと放った。
「あー、オレしばらく無理だから」
「えー? なんでだよー」
「合宿」
「はぁ? なんだよ。なんで急にそんな青春ぽい理由……」
「免許な。とりあえず最短2週間」
「えー……2週間もいねぇのー? ……てか、授業どうすんだよ? そういうのは長期休みにやれよ~」
食べ終えた食器をカチャカチャ言わせて不満を現す渉の頭を軽く叩いた稔が、やめぇ行儀の悪い、と不機嫌に呟く。
そんな2人をまるっと無視した今藤が不意にこちらを拝んでくる。
「ノートよろしく頼むわ。免許取れたらお礼にドライブ第1号ってことで」
「……ノートは別にいいけど、お礼のドライブは遠慮しとくよ。免許取り立てでドライブとか怖いじゃん」
「ちぇー。瀧川はホントそういうとこドライだよなー。……まぁ、そういう訳だし、パーティーは3人で、」
「じゃあさ! 颯真の彼女も入れて4人でやればいいじゃん」
「えぇ!?」
3人でやって、と言うはずだったに違いない今藤の言葉を遮った渉が、テンション高めに声を上げる。流れ弾に当たって不満とも困惑ともつかない声が出た。
そんなオレのリアクションもどこ吹く風な渉がワクワク顔のまま続ける。
「司ちゃんだっけ? いいじゃんいいじゃんそれ!」
「いやでも……」
それはさすがにまだ心の準備が、と言葉に詰まる。なんと言って断るか――いっそ男なのだと言ってしまうか。いや、でもそれは司の了解を取ってからじゃないと……、なんて頭の中でぐるぐる考えを巡らせていれば、稔がそっとフォローしてくれた。
「知らんやつばっかのとこにいきなり誘たら可哀想やろ。……餃子くらいいつでも作ったるから、無理強いすんな」
「わかってるよー、無理強いなんてしないって。彼女にさ、聞いてみてさ、いいよって言ったらさ、餃子パーティーしようぜー」
「えー、それは羨ましいなー……瀧川の彼女、会ってみたかったな……」
ごちそうさま、と手を合わせた今藤が渉に乗っかってくる。
「なんで……」
「学外の彼女って初めてじゃん。いつもだったら学校で見てたしさ。秘密にされると興味湧く」
「そういうもん?」
「そういうもん」
「オレもオレもー。今までの彼女達ってさー、むちゃくちゃ可愛い子ばっかだったじゃん? 気になるよなー。な、稔」
「…………オレに振んなて……」
「あぁ? なんて? てか、お前なんかノリ悪くね?」
「いや……オレはその……」
渉の怪訝な目から逃れながら言葉を濁す稔に、ありがと、と視線で合図を送ったら、覚悟を決めて頷いて見せた。
「わかった、聞いとく。断られるかもだけど。人見知りするタイプだからさ」
「オッケオッケ。断られたらさ、今藤が合宿終わってからやろうぜー」
パーティーパーティー、と無邪気に笑う渉に、またしても稔の眉間のシワが深くなる。
「……お前……2人で飯食うん嫌なんか……?」
「ちっげぇよ。4人で食っても美味いじゃん。みんなでワイワイすんの楽しいじゃん」
「2人で食うんは楽しないんかい」
「はぁ? 何言って……、――違うって! だからぁ」
ようやく恋人の不機嫌に気付いたらしい渉が、初めてわたわたと慌て始めた。やれやれやっぱりさすがにフォローしようかと思ったのに、またしても今藤に遮られる。
「痴話喧嘩ならよそでやれよー。オレも瀧川も止めないからな」
「痴話喧嘩じゃない! ……って……なんで……? ちわげんか、……って……」
今藤の言葉に、オレと稔の身体がピタリと止まった。渉だけが条件反射で食いついて、結局もぐもぐと尻すぼみになる。
オレ達のリアクションにほんの少し淋しそうに笑った今藤が、すぐにいつもの顔に戻って渉に問い返した。
「何が」
「……その……あの…………気付いて、た?」
言葉を濁した渉に、いっそ拍子抜けするほどあっけらかんと今藤が笑う。
「2人付き合ってるって? 気付くっつーの。オレを誰だと思ってんだよ」
「……今藤じゃんよ。何えばってんだよ」
「学内の恋愛事情は大体把握してんぞ、オレは」
「なんで!?」
「んー……聡いから?」
「うわ、自分で言う!? …………ってかさ……その……気持ち悪いとか……思わねぇの?」
「なんで。恋愛なんて自由だろ、別に。誰と誰が付き合うのかも自由だし、誰とも付き合わないのだって自由じゃん。気持ち悪いことじゃないだろ」
「……そういうもん?」
「そういうもん」
「ふぅん……そんなもんか」
ホッとしたような顔になった渉の頭を、同じくホッとしたように笑った稔がバフバフと撫でるのを見つめながら、自分も同じような顔をしているのかもしれないと感じていた。
*****
「そんな感じでさ、餃子パーティーに誘われたんだけどさ……司、どうする?」
話したいことあるんだけど、今日ちょっと家で会えない? なんてメッセージを貰ってバイト終わりに颯真の家に寄ってみたら、躊躇いがちにそう誘われた。
なんと返していいのか、こちらも躊躇いながら口を開く。
「……、……。……颯真はさ、ホントにいいの?」
「……うん。オレもね、実際ちょっとは迷ったんだけどさ。……そもそも渉と稔は付き合ってるんだし。今藤はいないって言うんだったら……まぁ、なんていうかダブルデート? みたいなもんかなって」
躊躇っていた割には、なんとも昭和感溢れるワードが弾け飛ぶギャップに気が抜けてしまう。
「ダブルデートって……なんか颯真ってこう……ホント時々言葉のチョイスが斜め上だよね」
「えぇ? どこが?」
「……新婚旅行とかも言ってたじゃん、初めての花火の時……」
「えー? 普通じゃない? それにあの時は結局、司も新婚旅行って納得してくれてたし」
「……」
「赤くなっちゃって、かわいーの」
「……うるさい。今その話じゃないでしょ」
「なんだよー、司が話逸らしたんじゃん。……まぁいいけど。……餃子パーティー、どうする?」
「……うん。……行って、みようかな。……いつもさ、颯真の話聞いてて楽しそうだなって思ってたし」
いつも通りに笑って見せたはずなのに、ふっと苦笑した颯真に両手で頬を挟まれる。
「無理しなくていいんだからね?」
「……してないよ」
「ホントに?」
「ホントに」
「……ん、わかった。じゃあ2人で行くって返事しとくね」
「ん」
こっくり頷いたら、少しすまなそうな表情に変わった颯真に抱き締められた。
「今からそんな緊張しなくていいよ?」
「ん……だね」
「大丈夫。稔はオレ達が付き合ってること知ってるし……渉も……まぁちょっと子供っぽいとこはあるけど、いいやつだから大丈夫だよ」
「うん。……大丈夫。……友達に会うだけでこんなに緊張してたらダメだよね。……こんなんじゃ、お互いの親に挨拶なんて出来ないよね」
「……。うん、そうだね。言い方は悪いけどさ、まぁ、練習と思ってさ……」
「ん」
早くなりすぎた心臓の動きを戻してくれるみたいに、とんとんと背中を叩いてくれる颯真の手のひらが優しい。
「……日にち決まったら連絡するよ」
「わかった、待ってるね。……けど、そういうことだったら、別に電話でも良かったんじゃないの? いきなり話したいことあるから会いたいとか、ビックリしたじゃん」
「あはは、ごめんね。電話越しだと、顔が見えないからさ。無理しないかなって心配で。ホントは嫌だけど遠慮して嫌じゃないって言っててもさ、顔が見えてたら気づくじゃん?」
「まぁそうかもだけど……」
「あとね……。今日、泊まってかない? とか……」
颯真の気遣いに、そういうとこホント優しいよな、なんて内心ホクホクしていたのに、とってつけたみたいな上目遣いのおねだり顔のギャップがおかしくて笑ってしまった。
「ぇっ? なんで今笑ったの? 笑うとこあった?」
「なんでもないし、泊まってかないよ」
「えー、なんでー?」
「明日の準備してきてないもん。今日は帰るよ」
「えぇ~」
「急に話あるとか言うから、慌てて来たんだよ? それに……またすぐ金曜日じゃん」
「……しょうがないな~。じゃ、帰るまでこのままねー」
「えぇー?」
「口だけで嫌がるの、ホント可愛いよね。体は全然嫌がってないのに」
「ちょっと……。その言い方、なんかすごいエロ親父っぽいよ」
「やめてよー」
*****
緊張しているらしい司の顔を覗き込んだら、ぎこちない笑顔を返される。そんな風にされるとこっちまで緊張するよ、とおどけて見せていつもより冷たい手をいつもより強く握ってやる。
少し柔らかくなった頬がホッとしたように緩んだのを見届けてからインターホンを鳴らした。
時間を置かずに鍵の開く音がして、勢いよく扉が開く。
「お~、颯真!」
「……元気よすぎじゃない?」
「そりゃさぁ! 颯真の彼女、会うのめっちゃ楽しみだったし!」
「……悪いけど、彼女じゃないからね」
「へ?」
「ぇと……はじめまして、藤澤司です」
震えそうになった声を咳払いで誤魔化した司が、真っ直ぐに渉を見つめる。
初めまして、と上の空で返した渉がこっちを向いた。
「……なんだよ、彼女じゃなくて友達連れてきたのか?」
「あほ。最後までちゃんと聞かんか」
「イテッ、何すんだよぉ~」
奥に控えていたらしい稔が、いつものように渉の頭を軽く小突くのを見ながら、司の肩を抱いた。
「……彼女じゃないけど恋人だから」
「へ?」
「だから。司は友達じゃなくて恋人だから」
「えぇぇぇっ!? だって……男!?」
「ド阿呆。オレらぁかって男同士やないか」
「いやっ、そうなんだけどさ!? なんか、颯真は女の子とっかえひっかえしてるイメージしかないから!!」
「ちょっ!! とっかえひっかえなんかしてないから!! 毎回オレがフラれてたんだからね!? 違うよ!?」
あまりにもイメージの悪い言葉にアタフタしながら司の方を振り向いたら、笑っていいんだか悪いんだか、みたいな微妙な顔で首を傾げられる。
「いや……それはあんまり……威張って言うことじゃない……かな」
「ちょっ……渉のせいでなんかオレすっごい格好悪い感じになってない!?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。イケメンイケメン」
「ちょっと! 何そのテキトーなフォロー!」
「…………ふっ、ははっ」
「ちょっ……司ぁ~」
「ごめ、……なんか、颯真がいつもと全然違くて……」
あまりにも雑すぎるフォローに頭を抱えていたのに、隣で司が堪えきれなかったかのように吹き出すから情けない声を出すしかない。
「よっしゃよっしゃ。えぇ感じに空気も解れたとこで手ぇ洗てきてんか。みんなで包みまくって焼きまくるで」
「出た、オカン」
「あぁん? お前参加せんのやな」
「やだやだやだやだ!! 餃子!!」
「うるさい、ほんならさっさと2人と一緒に手ぇ洗てこい」
「………………にぎやか、だね」
いつも通りの二人を前に面食らっていた司が、ようやく肩の力を抜いたように笑った。
「ごめんなぁ、騒がしいて。こいつが」
「ちょっ!? オレだけかよ!? てーか、稔は前から知ってたのか!?」
「知っとったよ」
「なんだよなぁ~。オレだけ仲間外れかよ」
「あほ。なんや言いにくいなとかあるやろ。デリカシーの問題や」
「何それ~。オレだってちゃんとわきまえてるっつーの。……えと……司、って呼んじゃっていい、のかな……?」
「あ、うん。全然大丈夫」
「オレ、長谷川渉ね。あっち杉崎稔。よろしくな」
「……うん、よろしくね」
*****
「あぁ!? もう……またお前はパンパンに詰めよったな!」
「いーじゃん。具が多い方が美味いって~」
「あほ、そんなんしたら焼いとる途中で崩れるんやてなんべんも言うとるやろ!」
「崩れたって美味いって!」
「その自信どっから湧いてくんねん……」
「稔の飯は美味い」
「……あっそ」
照れ臭そうな目と裏腹の不機嫌そうな声。なのに頬が緩んでいるのを隠せていないのがおかしくて、隣で不器用な指先で一生懸命に餃子を包む颯真にそっと話しかける。
「……2人ってホントに仲いいんだね」
「そうなんだよねぇ。学校でもいつもこんなだよ。いちいち反応してたらキリないから、オレはだいたい放置してる」
「お前はホンマに冷たいやっちゃで……て、なんやぶきっちょな餃子並んどんな……」
やれやれと嘆いた稔が、包み終えた餃子が並んだバットを見下ろして苦笑を浮かべた。
「……あぁ、それ」
「オレだよ、悪い~? こういうの苦手なんだよねぇ……」
「たこ焼きも上手いこと返せてなかったもんなぁ。なんでも器用にやりそうな顔してんのになぁ。……それにしても、司くんむちゃくちゃ上手やな」
「ありがと」
「家でも作っとんの?」
「全然、初めて。……でも、餃子作るのって楽しいんだね」
「…………」
「……あれ? ごめん、変なこと言った?」
「いや、全然。こんなふわっふわに可愛いタイプとは思わんかった――ってぇ!? おまっ……おまっ!! 脛は……っ! 脛はアカンやろ……ッ!!」
見えない場所で蹴りを入れたらしい颯真が、しゃがみこんだ稔を鼻息荒く見下ろす。
「司に手ぇ出したら承知しないからね!?」
「そんな話してへんわ! 元カノ連中と随分タイプが違うなっちゅう話やろ」
「元カノの話、今の恋人の前でする!?」
きゃんきゃん吠えている颯真を呆気に取られながら見つめていると、面白そうにニヤニヤ笑っている渉が隣にやってきた。
「颯真って恋人のことになると面白過ぎじゃん。初めて見るんだけど、こんな颯真」
「……オレも初めて見る……」
呆然と呟いた後で渉と顔を見合わせて笑う。
「てかさ、そんな綺麗にどうやって包んでんの?」
むにゅむにゅと皮の隙間から具が溢れているヒダのない餃子を手にのせて首を傾げた渉に、くっと喉の奥が鳴った。どう見ても詰め込みすぎだ。笑ったら悪い、と深呼吸して渉の餃子から微妙に目を逸らす。
「…………まぁ、……具を入れすぎないのがコツかな……」
「え~? いっぱい入ってる方が美味いと思うんだけどなぁ~」
むしろよくそれだけ包めたなと感心するほどパンパンの餃子が、自分の作った餃子の隣にそっと置かれる。
並べるとよく分かるが、さすがにこのボリュームは酷い。
「……皮、乗せてみて」
「ん?」
キョトン顔のまま素直に手のひらに乗せられた皮の上に餡を乗せてやる。
「たぶんね、このくらい」
「えぇ~、こんなちょっと? この3倍は入れられるぜ?」
「…………うん。入れすぎ」
「えぇ~」
ぶぅ、と唇を尖らせながらも素直に包み始めた指先が不器用にヒダを作る。出来上がった餃子に、渉の顔にぱぁっと笑顔が浮かんだ。
「あ、でも餃子っぽい!」
「でしょ?」
「なるほどね~! どうだ稔! オレもやれば出来るぞ!」
まだしゃがんだままだった稔に、同じようにしゃがんでまで餃子を見せびらかしている渉は、こういっては何だけれど、微笑ましくて可愛い。
「…………お前な、オレがなんべん同じこと言うたったと思とんや……。……まぁ、お前にしたら上出来やけどな」
がっくりと肩を落とした稔が、それでも不格好な餃子を見つめて優しく笑った。
(……わぁ……)
見ていて恥ずかしくなるほどの優しさに顔が熱くなる。
思えばカップルの柔らかい会話を間近で見るのは初めてだ。ドラマやなんかで見たとしても、ふぅん、と思うだけなのに、リアルで見るとこんなにも照れ臭いものなのかとやけに顔がポカポカする。
そんな気持ちに気付いたのか気付いていないのか、颯真が向かい側で苦笑していた。
焼きまくる、の言葉通りみんなが食べすぎで動けなくなるほど食べた後、「泊まってったらいいんじゃね」という渉の一言で急遽お泊まり会になった。ジャンケンで決めた順番に従って、颯真は早々とシャワーを浴びている。
満腹すぎて緩慢な動きでリビングとキッチンを往復して片付けを始めた稔を手伝おうとしたのに、渉に服の裾を引っ張られた。
「なぁなぁ、連絡先交換していい?」
「へ? あ、うん、勿論」
「やった! あいつらがいる時はちょっと言い出しにくくてさ」
いそいそとスマホを取り出した渉が、稔の動きをソワソワと伺いながらメッセージアプリを起動する。
「颯真にヤキモチ焼かれちゃうもんな~」
「……そんなことないと思うけど……」
「そんなことあるって! 交換しちゃダメって言うに決まってるよ。……あ、オッケ、きたきた」
「……そうかなぁ……? ……あ、こっちもきたよ」
「よっし。……なぁ、今度さ、飯とか誘っていい?」
「別にいいけど……いつも稔と一緒に食べてるんじゃないの?」
「うん……まぁ、……。……色々あんだって。……うし。じゃあアイツの片付け手伝うか」
「あ、うん……」
不穏とまではいかないものの、あんなに仲良さそうだったのにな、と不思議に思ってしまう言葉の濁し方だ。
食事の最中もせっせと渉の世話を焼いていた稔の様子は、なんというかまともに見ていられないほどの情熱だったというのに。
「お~い、オレ何する~?」
「あ~……ほんなら、テーブル拭いてんか」
「司は何する?」
「おぉ? ……そしたら、司くんにテーブル拭いてもらって。ほんでお前は洗ったやつ拭いて棚にしまってくれ」
「はいよ~」
さっきまでの空気を感じさせない渉が、張り切って布巾を手渡してくれた。
*****
急遽のお泊まり会は、唯一酒が入っていないはずの司くんが遠慮がちな欠伸を連発したところでお開きにした。
リビングに薄手の毛布で雑魚寝している颯真達と、寝室でベッドの上のオレ達と。さすがに申し訳なくて、今度もしまた同じように4人で集まる時には寝具くらい揃えておこうかと通販サイトを眺めていた時だ。
「……寝ないのか?」
「お? すまん、起こしたか?」
「いや……なんか、腹が重くて……」
「食い過ぎや。明日の昼の2人分くらいは残るやろ思てたのに、全部食いきったからな」
「いや~、なんかさ~。颯真も司もさ、美味い美味いって食ってるのが嬉しくてさ~。箸が進んじゃって」
「なんじゃそら」
言いつつ、唇の端がニヤニヤと上がってしまうのを隠せない。部屋が暗くて良かったと思いながら頬の辺りを手でマッサージして、渉の方へ寝返りを打つ。
「で? 餃子パーティーは楽しめたんか?」
「楽しかった! またやりてぇ。今度は今藤も一緒に!」
「お前はホンマに……パーティー好っきゃな……」
「パーティーっつーか……稔のメシをさ、みんなが美味いって食ってるのをさ、見るのが好き」
「……なんやそれ……?」
「すげぇなぁって思うんだよ。飯作れるのがまずすげぇんだけどさ。……みんなが、美味いって言ってさ、すげぇ楽しそうに笑うじゃん? すげぇなぁって思うんだよなぁ……」
「お前……」
しみじみと語られた言葉に、返す言葉を見つけられずに。
込み上げる愛しさに突き動かされて渉を抱きしめる。
「ちょちょっ!? おまっ!?」
「しーっ。なんもせんから黙っとれ」
安易にお泊まり会に同意するんじゃなかった。こんなにも可愛くて愛しい理由を隠していたなんて反則だ。どうして今、この高ぶる気持ちのままに抱き合えないのか。
悶々と頭を悩ませながら、抱き締めた渉の首筋に顔を埋める。
「みの、」
「大丈夫や、なんもせん」
「……っ、ちがっ! それ、こしょばい!」
「我慢せぇ、お前のせいや」
「オレなんもしてねぇし!」
「したんじゃボケ」
「はぁ~?!」
「うるさいクソ。ホンマお前は……なんでこんな日ぃに限って可愛ぇこと言いよるんか……明日2人帰ったら覚悟しとけよホンマ」
ブツブツと恨み言を吐いてどうにかこうにか自分を宥め賺していれば、躊躇いがちな手のひらがそっと背中を撫でてくる。子供を寝かしつけるようなその手付きに、ようやく深い息を吐き出した。
「……でもさぁ……」
「んー?」
「2人さぁ……幸せそうだったなぁ……」
「……あぁ、……そやなぁ」
「…………ゆびわ……いいなぁ」
「……あぁ?」
「……颯真がさ、前から付けてたのは見てたけどさ……2人並んで付けてるの見たらさ……いいなぁって、思った」
「……そうか……」
「……ん」
ふぁ、と小さな欠伸が聞こえてきてそっと顔を覗き込めば、とろんとした目がこちらを見つめ返してきた。
堪えきれずに唇を塞いで――とはいえ軽くて優しい、めいっぱいの想いを込めたキスを送る。
「……お前……」
「ん~?」
「…………歯ぁ磨かんかったな……」
「るせぇ……磨いたわ。食いすぎたせいだっつーの」
「……さよか」
言葉だけの文句に、いつもの勢いはない。
さっきの渉の手付きをなぞるようにポンポンと背中を叩いてやると、腕の中に収まったままの渉は呆気なく眠りに落ちてしまった。
「……指輪、なぁ……」
やれやれと笑って、無防備な額に唇を寄せた。
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