089:悔恨

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089:悔恨

「……あのさ、ちょっといい?」 「お~? 何?」  たまたま稔も渉もいない昼食時。  顔を合わせた瀧川は意を決した表情でオレの腕を掴んで、人目のない場所へ移動する。 「お? なになに、どしたん?」 「…………あのさ。……オレさ……、……彼女じゃ、ないんだよね。付き合ってるの」 「へ?」 「……なんて言ったらいいんだろ………………、彼氏? いや、なんかちょっと違う……ニュアンスがこう……」  唐突な発言に付いていけずにフリーズしたオレを見て、瀧川の眉がへにょんと下がる。 「ごめん、訳わかんないよね。……こないだ餃子パーティーした時、渉と稔には紹介して、……男、と……付き合ってるって、知ってもらったから……。その……今藤にだけ言ってないのもなぁって……」 「あ、ぁ……うん、そか……」  声が掠れた。咳払いの後に続いた沈黙が少し痛い。  お互い相手を伺うような空気になって、瀧川がそっと息を吐いた。 「あの……なんか急にごめん。一応、司には了解とったし、……稔も渉もいなかったから、今かなって……」  言葉を継ぎ接ぎする瀧川に、手のひらを向ける。 「大丈夫だって、別にそんな慌てなくていいよ。ただちょっと意外だっただけ。女子をとっかえひっかえしてたイメージだったからさ」 「またそれぇ? ……いや。でも、そうなんだろうね……。あの頃ってホント、オレすごい適当だったよなぁって思うよ。来るもの拒まず去るもの追わず、じゃないけどさ……」 「うん、否定しない」  あの頃の瀧川を知っているからこそズバリと頷いたら、たはー、と情けない顔で瀧川が笑う。  そうして生まれた優しい空気に、自分の秘密もそっと打ち明けてみることにした。 「――だからさ、瀧川はオレと同じなのかと思ってたんだ」 「……今藤と同じ……?」 「誰も大事にできないって言うか……みんな平等に好きって言うか……嫌いじゃないんだけど好きでもないって言うか……。一番好きって言うのが分かんないって言うか……」 「なる、ほど……?」 「……みんな好きなんだよ。誰が一番とかじゃなくてさ。……むしろ、一番好きって何? みたいな。みんな好きじゃダメなの? ってさ」 「……うん」 「好きって何? って、……今もずっと考えてる。……だけど、瀧川は見つかったんだよな、一番好きな人。……一番、大事にしたい人」 「……そうだね」 「オレはさ、だから誰とも付き合わないでおこうって思って。……分かんないから。特別大事にするやり方が」 「……うん」  その方がきっと良かったよね、と瀧川が申し訳無さそうに呟く。  きっとあの頃、瀧川は瀧川で色んなことを考えてたんだと思うし、一番大事な人に巡り会えた今はあの頃の自分がしたことを後悔したりしてるんだろう。 「しっくりくる相手が男だったってだけの話じゃん? 別に大したことじゃないよ。とっかえひっかえしてた頃より、全然幸せそうだしさ。いいじゃん、今の方が」 「……そうかな」 「そうそう。だからそんなさ、深く考えなくていいんじゃない? その時誰かを傷つけた分も、今の恋人に優しくしてやればいいんじゃん?」  まぁ知らんけど、と真面目に語ってしまった分を帳消しにするみたいに付け足して、シシシと笑ってみせた。 「……今度はさ、5人でパーティーしよって……恋人とさ、渉に言っといてよ」 「ん、分かった」  ありがと、とはにかんだ瀧川に、わざとらしいほど鷹揚に笑ってみせた。 「んじゃま、飯にすっかね」
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