028:Deja vu―既視感―

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028:Deja vu―既視感―

 付き合って初めての誕生日の時、何が欲しいか聞いてみたら、 『そうだな……。じゃあ……たこ焼きと焼きそばとお好み焼き!』 『……はぁ? お前……食いもんばっかやないか……』 『いいじゃん別にー。……あ、じゃあさじゃあさ! 朝飯にたこ焼きでー、昼飯が焼きそばでー、晩飯がお好み焼き!』  どうだ、と胸を張られて、とはいえそれがいいのならと呆れながら、渉の誕生日はリクエスト通りの粉ものデーになった。  そしてまた、付き合って初めてのクリスマス。何が欲しいと一応聞いてみたら、 『そりゃあお前、からあげだろ!』 『……からあげ……』 『あ! あとケーキな! ケーキ! あ、別に手作りじゃなくてもいいぞ! なんかすげぇ美味いヤツな!』 『……ケーキ……』 『お前は? お前は何が食いたいんだ?』  お前が食いたい、と言っても伝わらなさそうだったので、諦めて適当にクリスマスっぽいメニューを呟いておいたのだが。  一事が万事こんな調子だったのだ。  だからあれには、心底驚いた。 『…………ゆびわ……いいなぁ』 『……あぁ?』 『……颯真がさ、前から付けてたのは見てたけどさ……2人並んで付けてるの見たらさ……いいなぁって、思った』  あんな言葉がアイツの口から出てくる日が来るなんてと、妙な感動を覚えたのは事実。  元々、二人で暮らすには狭いし、何より夜のあれこれで盛り上がってくると雰囲気をぶち壊す壁ドンをぶちかましてくるお隣さんに辟易して、引っ越し費用を貯めるべくバイトを増やしていたのだけれど、その金を回すのもありかもしれないなと住宅情報サイトとジュエリーショップのサイトを睨めっこする毎日だ。  ──ようやく。ようやく、恋人らしい雰囲気になってきたじゃないか。  待ってろよ、と唇の端が上がるのを感じながらバイト情報サイトを開いた。  ***** 『今度の土曜日って時間ある?』  そんなメッセージが渉から届いたのが週の始めのこと。 『金曜日の夜から日曜日までは颯真と一緒なんだけど、それでもよければ時間あるよ』  はて一体何の用だろうと思いながら返信したら、 『出来れば司と2人がいいんだ。空いてる日に合わせるから』  そんなやや切羽詰まったようなメッセージが返ってきて首を傾げるしかない。 『だったら水曜日かな。午後だったらいつでも大丈夫だよ』 『じゃあ18時に』  簡潔なメッセージと一緒に店のURLが送られてきた。どうやら居酒屋のようだ。  今まで誰とも行ったことのなかった居酒屋に、まだ知り合って日が浅い友人と行くことになるとは、なんとも感慨深い。  了解、とスタンプを返していそいそとベッドに潜り込む。  なんだかワクワクするような、それでいてほんの少し颯真に対して申し訳ないような気持ちとが交差してなかなか寝付けなかった。  そして約束の水曜日。  現地集合の居酒屋へ5分前に到着すると、渉は既にそこで待っていた。 「ごめん、ちょっと遅かったね」 「いや、全然。オレが早く着すぎちゃって」  てへへ、と緊張気味らしい赤い顔で頬を掻いた渉が、座ってよと向かいの席を指さす。 「何飲む? 司はアルコールダメなんだっけ?」 「うん。……初めてお酒飲んだ……ってか食べた? 時に、ちょっと颯真に迷惑かけちゃったみたいで。外でお酒は禁止って言われちゃって」 「いーじゃんな、別に。初めは誰でも迷惑かけるもんだよ。オレだって稔や颯真には山ほど迷惑かけてるし。……まぁ颯真はあんまり……ってかそういうの1回しかなかったかなぁ。完璧超人だよなー」 「へぇ……そうなんだ……」 「知りたい?」 「ぇ? いや……それは……」 「たぶんだけど、司とケンカしてた時期だったんじゃないかなって」 「え?」 「フラれてないし、絶対別れないー!! って叫んでた」 「……」  思い当たるのは自分から別れを切り出した時のことくらいだ。あの時、完璧超人だなんて言われる程の颯真がそれ程落ち込んでいたのかと思うと、申し訳ないやら嬉しいやらでどんな顔をしていいのか分からない。 「いーよなー。……稔はさー、顔色も変えなそう。あっそうっつってアッサリ別れてそれっきりな気がするよ」 「そんなこと……」 「……最初はさー? 稔の方がオレのこと好きだったんだぜ? ……けどさぁ……」 「けど……?」 「──なんでもない。オレ、ピーチフィズにする。司は? ソフトドリンクこっちな」 「……じゃあ、ウーロン茶にしとく」 「オッケ。あと、食い物適当に頼んでいい?」 「うん」 「よっし、すいませーん」  元気に手を挙げて店員さんを呼んだ渉が張り切って注文するのを見ながら、稔とのことに関する相談なのだろうかと考えを巡らせる。友人は多い方ではないし、まして恋愛相談をするほどに深い関係の友人など、それこそ後輩の昇太くらいしか思いつかない。しかもあの頃も、レンアイ相談というよりは一方的に悩み事を喋っていただけだった。  やっぱり颯真も一緒の方が良かったんじゃ、なんて内心オロオロしながら、早速運ばれてきた飲み物で乾杯する。 「……司達はさ、いつも週末に会ってんの?」 「うん、大体そうだね」 「そっかー。……一緒に暮らしたりはしないの?」 「……一緒に暮らしたいねとは言ってるし、準備とかもしてるんだけど……やっぱそれならちゃんと親に挨拶しないと、みたいな感じで、」 「え!? 何それすげぇ! え!? あれ? テレビとかでよく見るやつ!? 娘さんを僕に下さいみたいなやつ!?」 「ちょっ、声! 大きいって!!」 「あっ、ごめん」  あわわ、と周囲を伺ったものの、まだ早い時間帯だったこともあってか客はまばらだ。ホッとしながら2人で顔を見合わせて苦笑いする。 「ごめんごめん、ビックリし過ぎてテンション上がっちゃって」 「もー……」 「でも……ちゃんとしてるんだな、2人」 「んー……どっちかって言うと、颯真がこだわってる、かも?」 「へー……?」 「親も心配するだろうしって。……今もさ、ずっと週末家にいないから……そういうのはちゃんとしといた方がいいよねって」 「ふぅん……なんかいいなぁ……」 「いいなって? 2人は一緒に住んでるでしょ?」 「うん……まぁ……どさくさ紛れでねー」 「どさくさ紛れ……?」 「ん。……なんかさ……淋しくなっちゃったんだよなー、オレが。……2人で飯食うのってさ、楽しいし美味しいじゃん? で、1人の部屋で食う飯って、全然美味しくもねぇし、楽しくもねぇしさ……。テレビ見て面白いのとか、すごいの見つけてさ……なぁこれすげぇなって……言っても誰も何も言ってくれねぇじゃん? ……もう……嫌ンなっちゃってさ……稔ン家に転がり込んじゃった」 「……そうだったんだ……」  うん、と頷いた渉がいきなりグビグビとグラスを傾ける。 「だ、……大丈夫?」 「へーき、こんくらい」 「……そう?  ……無茶しないでね?」  うん、と頷いて店員さんを呼んで、同じものを注文した渉が今度は食事に手をつける。 「…………司達はさ……」 「うん?」 「…………どんくらい、……する?」 「ふぇ?」 「…………。──オレさ。稔と付き合うまで、……ドーテーだったんだよね」 「んんっ!? っ、うん?」  自分で頼んだ割には美味しくなさそうに卵焼きを食べながらとんでもない発言をされて、ウーロン茶を吹き出すところだったオレに構わず、渉はぼんやりと遠くを見つめている。 「どんくらいの頻度ですんのが普通とか、分かんねぇからさ……しよって誘っていいんだか、誘われるの待ってりゃいいんだかも分かんねぇし……。そういう雰囲気みたいの、作ってるつもりなのに……アイツ気づかないしさ……。……アイツ、……もうオレのこと飽きちゃったんかなって……」 「そん!? なこと! ないよ! ないない!」 「……なんでそんな断言出来んの?」 「えぇ? ……だって、こないだの餃子パーティーの時、稔ずっと渉のこと見てたし……」 「……そんなことないよ。司のこと見てたよ」 「……いや、それはそうかもだけど、……なんかニュアンスが……」  上手く伝わらないなと焦って頭を掻きながら言葉を探す間に、渉が2杯目を空にする。 「ちょっ……と、早くない?」 「早くない。──すいません、ヨギーパイください」  通りすがりの店員さんを上手く捕まえて、3杯目を注文してこっちに向き直った渉は、目を潤ませて鼻をすすった。 「オレさ……オレばっか好きみたいな気ィしてきてさ……」 「……うん……」 「最近全然、……ぇっちしてくんないしさ……でも、こんなん誰にも相談できないしさ……」 「……うん」 「颯真もだけど……稔もさ……オレと付き合う前、ずっとモテてた。……しょっちゅう違う女の子と歩いてたし。オレなんかとは別人種っていうか……。……だからやっぱさ……こんな……。男なんかと付き合っちゃってさ……一緒に暮らしたりなんかしてさ…………やっぱ、女の子の方がよかったなとかさ……思ってんのかなって……」  気まずい顔の店員さんが置いていった3杯目を両手で握りしめた渉が、バタバタと涙をこぼしている。  どう慰めればいいのかとオロオロしながら、稔とは連絡先交換をしていないことを今更ながらに思い出して眉を寄せる。  渉はあの時、颯真がお風呂で席を外していて、更に稔が洗い物でこちらに背を向けている時にこっそり連絡先交換を持ちかけてきたのだ。 「でも……でもさ? ほら、渉の体のこととか、心配してるのかもだし……」 「元気だよ! オレは!!」 「…………うん、ごめん……」 「……アイツ、最近……ちょくちょくいないし……飯作ってラップして置いてあんのをさ……1人でもそもそ食うの……淋しい……」 「……そっか……」 「オレのことなんか、もうどうでもよくなったんかな……」 「そんなことないって!」 「なんで言い切れんの?」 「そりゃ……あの時の態度というか……2人の雰囲気というか……」 「そんなん嘘だよ! 気休め言うなよ!」 「気休めって……」 「あの時の颯真は! いつもと全然違う顔してた! いつも結構クールでさ……オレと稔が言い合いとかしてても、あーまた始まったハイハイ、みたいな顔で放置したりさ。結構ドライなのにさ。……司にはずーっとニコニコしてたし。……颯真ってホントに好きなやつの前だとこんな顔なんだなって、ずっと思ってた。いーなーって、うらやましかった。……稔は、ずっと変わんない。友達にもオレにも、全部一緒だもん。……むしろこないだ、司にすげぇ優しかったし……」 「それはっ……オレと初めて会ったから気を遣ってくれたんだよ、きっと」 「そんでも……うらやましかった……オレだって、優しくされたい……」 「渉……」  ずびずび鼻をすすって、3杯目を一気に空にして。  こてん、と。机の上に右の頬をのせる。 「……オレばっか好きじゃん……」 「……渉?」 「……」 「……え? 寝た?」  これは困ったな、と頭を抱えながら、これはもう1人でなんとか出来そうもないからと颯真に連絡を取ることにした。 「んもー、何やってんの」 「……ごめん?」 「……いやまぁ司は悪くないんだけどね。……稔にも連絡したんだけど、返事来なくて。……にしても、見事に潰れてんね? そこまで弱かったっけな」  つんつんと遠慮なく左の頬をつつく颯真の手を、よしなってと掴む。 「……とりあえず会計して出よっか。オレン家つれてこ」 「ん」 「渉の荷物持てる?」 「持てる」 「会計頼んでいい?」 「ん」 「……って、3杯じゃないじゃん!」 「へ?」 「ほら! 伝票見たら5時からここ来て先に飲んでる!」 「えー!?」 「ったく……そりゃ潰れるわ」 「……なんかね……すごく悩んでたっぽい」 「……あー……なんかデジャヴ」 「?」  苦笑いしながら渉を背に負ぶった颯真が、何かを懐かしむ顔になる。 「渉ってさ……無邪気そうに見えて一番肝心なとこは1人で抱え込んじゃうタイプなんだなぁ」 「へぇ……」 「前にもあったよ。稔とのことに悩んで、オレン家でくだ巻いたこと。……でもなんで今回はオレじゃなくて司だったんだろ……」 「……颯真と稔はモテるから別人種とか言ってたよ」 「なんだそりゃ。てか、またそういう話ー? どうせとっかえひっかえとか言ってたんでしょ、もー……」  やれやれ、と苦笑いで颯真が店を出る。  会計を済ませて後を追ったら、 「すまん、迷惑かけたな。代わるわ」 「ん、ちょっと待って」 「あ、稔」 「おー。司くんも。ホンマにすまんかったな」 「ううん、オレは全然」  息を切らした稔がそこにいた。  眠ったままでぐにゃぐにゃする渉を、3人で四苦八苦しながら颯真の背中から稔の背中に移す。 「コイツの荷物は?」 「あ、オレが持ってる」 「受け取るわ」 「でも……大丈夫? 家まで運ぶよ?」 「あー……。……あー、うん。いや、大丈夫やこんくらい。ありがとうな。金はまた、後日ちゃんと払わせるから」 「あ、……うん。いつでも大丈夫だから」 「ほんなら、今日はスマンかったな。……また、お礼さして」 「いいよそんなの」 「えぇから。ほな、またな」 「うん、気をつけて」 「また明日」 「おー。明日な-」  颯真と2人で稔の背中が見えなくなるまで見送る。 「──で? なんで2人で飲んでたの?」 「飲んでたっていうか……なんていうか……」 「詳しく聞こうか、オレン家で」 「別になんにも……!」 「それは分かってるけど! 司の初居酒屋とられたのはフクザツ!! 色々考えてたのに!」 「あー……うん、はい」  ***** 「んー……? ……んわぁ!? 何!?」 「うるさい。……人の顔の真ぁ前で叫ぶな」 「だっ……だって! 目ぇ覚めたら稔のどアップとか! びっくりすんだろ!!」 「あほ。お前がオレのこと離さんかったんやろが。おかげで身動きとれんかったんやぞ」  腰に来たわ、とぼやいた稔が言葉とは裏腹にぐいとオレを抱きしめてくる。 「ちょっ……なんだよ!?」 「あのな。……なんぞ言いたいことがあるんやったら、オレにちゃんと言わんかい。なんで司くんやねん」 「……だって……」 「だってもくそもあるか。今日から家族やてあの日に言うたやろ」 「っ、だったら! なんで最近……!」 「あぁ?」 「っ……、そのっ……。……っ、だってお前っ、──最近、全然家にいないし! たまに家にいてもすぐ寝るし!」 「……ははん?」 「……なんだよ」 「お前、淋しかったんやな」 「っちが!!」  ほんほん、と腹が立つくらいのニヤケ顔をされてカッとなる。 「なんだよ! 何が家族だよ! 飯だって1人で食ってるし! 夜だって……っ!!」 「あーあー、わかっとるから。それはスマンかったと思てるから、ちょぉ声落とせ」 「何が分かってんだよ!!」  叫び返したタイミングで、壁をドンと叩く音がして肩が跳ねる。 「あーもう、ほら。あんまうるさぁすると壁ドンされるんやて」 「…………お前はだから……なんでそんな余裕ぶってんだよ……。どうせオレは恋愛経験ねぇよ。……お前みたいに! いちいち余裕ぶってらんねぇよ! ずっと不安だよ! 悪ィかよ!!」 「だから、泣くなって」 「だって……っ」  優しい顔に優しい声が酒のせいで緩んだ涙腺を刺激したみたいで、自分ではなかなか涙を止められない。  オレを抱きしめたまま困った顔をしていた稔が、やがてやれやれと何かを諦めたようなほろ苦い顔をして笑った。 「……お前が言うたんやないか。指輪、うらやましいなて」 「…………へ?」 「言うたやろ。この前、餃子パーティーした時。颯真と司くんの指輪見て。いいなーて」 「…………言ったか……?」 「言うた」 「ぇ……うそ……」 「はぁぁぁ!? おま……自分で言うといて忘れんのかい。……真に受けて損したわ」  がっくりと漫画みたいにあからさまに肩を落とした稔。でもそんなつっこみどころ満載の姿より何より、聞き逃せなかった言葉を呆然とオウム返しする。 「真に受けてって……え?」 「指輪買うたろ思たんやけどな」 「へ?」 「バイト増やしたんや。……せやけど、指輪がいらんのやったら、」 「欲しい!!」  稔の言葉を最後まで聞かずに叫んで、胸ぐらに掴みかかる。色気もへったくれもないオレのそんな行動に、ぶはっと笑った稔が震える声で呟いた。 「……どないやねん。いらんのやったら引っ越し費用にしょうかと思ったのに」 「……引っ越しもしたい」 「あほ。どっちかじゃ」 「…………。オレもバイト増やすから、どっちもは?」 「……ほほん。そらえぇ考えや」  わし、と稔の手のひらがオレの頭を撫でる。  温かさが胸まで染みて、止まっていたはずの涙がまたこみ上げてくる。ずび、と鼻をすすった。 「……へへ、そうだろ」 「……で? なんでまた泣くねん」 「うるせー……安心したんだよ、悪ィか」 「……何が不安やったんや。……そら1人にしたんは悪かったけどやな。たまにはサプライズっちゅうのんもアリかなと思ったんやけど……」 「……やっぱ男と暮らすのなんて嫌になったのかと思って……避けられてんのかなって……」  すんと鼻をすすると、はぁ~、と大袈裟な溜め息が聞こえてくる。そろそろと顔を上げれば、なんだか見たこともないような呆れた──いや、雪崩た? 顔をしていて混乱する。 「……ぇ、……えと?」 「……あっほやなぁ、ホンマに」 「あほってな、ん!?」  なんだよ、の言葉は最後まで紡げなかった。  柔らかくて熱くて。優しいような優しくないようなキスで塞がれたからだ。  あぁ、なんかすげぇ久しぶり。  そんな風に思って惚けていたら、ちゅっと軽い音を立てて額にもキスされた。 「──こんな好きやのに。お前以外なんも興味ないぞ」 「…………でも……最近、全然……」  なんだか初めて見るみたいな顔と初めて聞くみたいな声に、思わずポロリと本音が出る。  拗ねたみたいな声になったけれど、仕方ない。酔い潰れただけでこんなに甘やかしてくれるのに、なんであんなに放置されなきゃいけなかったんだという、いじけた気持ちだって湧き上がってしまうというものだ。 「……あぁ? ……あー……いや。その……颯真に聞いたんや。割のえぇ仕事ないかて。……アイツ意外とガテン系でなー。ひっさしぶりに体力使う仕事したら思てた以上に疲れてまうわ腰にくるわで」 「…………腰?」 「そう。……あぁ、せやし、騎乗位やったらなんぼでも──あいたッ」  ニヤリと笑った稔の頭を、振り下ろした手でべちこんと叩く。ぅぉ~イテぇ~、と涙目で頭を抱える稔に構わず、怒りで震える手を握り締めた。 「ばっかやろ! お前な! オレがどんっっっだけ悩んだと思ってんだよ! あやうく司に、どのくらいの頻度でシてるかとか、根掘り葉掘り聞くとこだったじゃねぇか!!」 「……踏みとどまってくれてよかったわ。酒の迷惑とセクハラとじゃ詫びの重さが違う」 「お前のせいだっつーの!」 「……でもまぁそういうことなんやったら、今日はお前が心行くまでなんぼでも──ってだから、いちいち殴んなアホ!」 「るせぇ! ど変態!」 「たかだか騎乗位で変態とか言うなよ」 「うるせぇうるせぇうるせぇ!」 「スネんなて。ホンマに可愛ぇやっちゃな」 「るせっ」  ***** 「あー……もう、また……」 「んー? どしたの?」 「……いいのよ、分かってるって……」 「何が?」 「お母さん。今日泊まるって連絡したら……なんかやたら楽しそうな返事来た……」  スマホを見下ろして溜め息を吐く司の頭をサラリと撫でる。自分と同じ香りのする風も相乗して、ふふ、と幸せの笑いが漏れた。 「……そっか」 「……なんかなー……ホント……そんな嬉しいのかな。息子が恋人の家に泊まるのって……」 「さー……分かんないけど……。……挨拶行くってなった時にさ……女の子が来ると思ってるんだろうから、心配だよねぇ……。大丈夫かな。不安になってきた……」 「……オレも……」 「──でもま、頑張るけどね」  しゅんと不意に肩を落とした司を前に、わざとらしいほど胸を張ってみせる。  そんなオレを見て目元を和ませた司が、しっかりと頷いてくれた。 「そだね。オレも頑張る。颯真と一緒にいたいってちゃんと伝えたら、分かってくれると思うし」 「司……」 「え? 何? うわっ!?」 「もー、なんで司って、時々不意打ちでめっちゃくちゃ可愛くて素直なんだろ。ホント困る。ホント何でなの? どこにスイッチがあんの? 可愛いのはオレの前でだけにしてよ?」 「何言ってんの。ホント颯真の方が意味分かんないスイッチあるよね!? ──ちょっ、待って! 電気、」 「後で」 「後でじゃなくて……!」 「無理。待てなくしたの司なんだから、責任とって」
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