081:純白

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081:純白

「ただいま~……っと」  玄関を開けてもお帰りの声が聞こえないから、今日はオレの方が先に帰宅したようだ。  司の出迎えがないことに、ほんのちょっぴり残念な気持ちになりながら靴を脱いだら、 「……ありゃ」  更に残念なことに、右足親指の爪先が見えていることに気付く。 「破れちゃったかぁ……」  最近多いなぁ、とぼやいたものの、 『ありゃりゃ。ありがとうしないとだね』  ふと思い出した司の言葉にほっこりと唇が緩んだ。  あれは同棲を初めてすぐのことだ。  同じように爪先に穴を開けてしまったことに気付いて声をかけてくれた司の「ありがとうしないと」という言葉に首を傾げた。 『……ありがとう?』 『うん。…………あれ? 言わない?』 『ぇ、誰に?』 『靴下に……?』 『ありがとうって?』 『うん。……あれ? うちだけ?! 靴下とか、洋服とか……捨てる時にありがとうって言うんだけど……』 『……言わないね……?』 『うわぁ、ちょっと待って! 恥ずかしい! よく考えたらちっちゃい子みたいだよね?! 聞かなかったことにして!』  顔を真っ赤にした司が手をぶんぶん振って何かを追い払うみたいな仕草をするのが可愛くて、思わずぎゅうぎゅう抱きしめた後。 『靴下、ありがとうするよ。いいね、それ』 『……そう?』  こちらを伺うような顔にはまだ照れくささが残っていて、だけどホッとしているような表情も混じっているのがまた可愛かったのを、今でもよく覚えている。  散々司を抱き締めた後に二人でゴミ箱へ向かって、『ありがとう』と感謝を込めて、靴下をゴミの山のてっぺんにそっと置いた。  司は時々、本当に成人とは思えないほど可愛くて愛しい。  今日は一人で、それでもあの時と同じ気持ちで脱いだ靴下をそっとゴミ箱に入れる。 「ありがとう」  こんな習慣、司と付き合わなかったらつかなかったし、もしかしたら一緒に暮らさないと分からなかったことかもしれないな、としみじみ思う。  今まで生きてきた中で培われた中には、お互いに違う価値観だってきっとあるのだろうけれど。色んな話をしながら、これからも暮らしていけたらいいな、なんて。 (……こういうのが気障って言われちゃうのかなぁ……)  ふと唇の端を歪めて照れくさく笑いながら、 「さぁて。じゃあ今日は美味しい晩御飯作っちゃいますかね!」  腕まくりでキッチンへと向かった。 「ただいまぁ~」 「……おっかえり~」 「…………なんで靴下片っぽしか履いてないの?」 「……あ」  穴あき靴下をちゃんと心を込めて処分したことにすっかり満足して、もう片方を脱がないままでいたことには、司が帰ってくるまで気付かなかった。 「だってスリッパ履いたらもう分かんなくなるじゃん!」 「あ~、ね。そうだね」 「ちょっと笑い過ぎじゃない?」 「んふふ? やだな、そんなことないよ」  そんなこと言いながら笑いを堪えきれずに肩が震えてしまっている司を、思いっきりの力で抱きしめてやった。
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