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052:心がよどむとき
(つっ……かれたぁ……)
自宅最寄り駅の改札を過ぎたら、肺を空っぽにする勢いで深い溜め息が出てしまった。
もうすぐ家に帰れると、ようやく肩から力が抜けたのかもしれない。
フラフラを通り越してヨタヨタと自宅までの道を歩く途中、電灯の光に吸い寄せられる虫みたいに、コンビニの光に誘われて中に入った。
(涼しい……)
地球温暖化のせいだったか何とかニーニョのせいだったか忘れたけれど、とにかく最近の夏は夜になっても全然これっぽっちも涼しくならなくて参ってしまう。
フラフラと店内をさまよって、スイーツコーナーの前で足を止めた。
(あ、話題になってたゼリー……いやでも、こんだけ暑いとアイスもあり……いやでもクリーム系もありだよな……)
ちらりちらりと商品を見てみるものの、どうにも手が伸びない。
いったい自分は何が食べたくてコンビニに寄り道したのだったか。
しょんぼりと肩を落として結局は何も買わずに店を出る。途端にムワッとした空気で体を包み込まれて心底ゲンナリしながら、とにかく早く帰ろうと家路を急いだ。
「ただいまぁ……」
玄関でぐったり呟いたら、パタタタと走ってくる音がする。
鍵を半ば放るようにしてキーボックスに入れていたら、
「おかえり、今日は大変だったね」
「…………つかさぁ~」
ニッコリと優しく笑って出迎えられて、不覚にも泣き出しそうになった。
「暑かったでしょ。クーラー効いてるよ」
鞄持つね、と笑って伸ばしてくれた手を引き寄せて、ぎゅっと抱きしめる。
「――はぁ~……生き返る」
「何言ってんの」
苦笑いの声の後、優しい手のひらがぱふぱふと背中を叩いてくれた。
「とにかく中入って。それからご飯にしよ」
いただきます、の声を揃えて、今日も優しい彩りのご飯にありつく。
今日は作り置きの副菜に加えて卵焼きが添えてあることに気付いて、これ、と小さく聞いたら、
「今日遅いって言ってたから。卵焼き好きでしょ」
「……ありがとぉ」
心の底からの感謝を込めて呟いたら、大袈裟だなぁ、と照れくさそうな顔を俯けて、味噌汁を一生懸命かき混ぜている司が可愛い。
「……美味しいね」
「そ? 良かった」
素っ気なく呟く司の、目だけは素直に嬉しそうにきらめいている。
(相変わらず照れ屋さんなんだよなぁ)
ふふ、と思わず小さく笑っていたら、あれ、と声が出た。
「ん? なに? なんかあった?」
「……いや。……なんかさ? 今日、すっごい疲れたなぁと思って。……こういう時こそ甘いものかなとか思って、コンビニ寄ったんだけどさ……なぁんか、何が食べたいんだかサッパリ分かんなくて、結局なんにも買わないで帰ってきたんだけど」
「うん……?」
「でも、今、全然疲れてないなって」
「へ?」
「……司と、喋りたかっただけなのかもなって」
キョトンと首を傾げた司を見つめて、ちょっとクサイこと言うかもだけどさ、と先に断りながら笑う。
「……おんなじもの食べて、美味しいねって言いたかっただけなのかもって。……他愛ないお喋りってやつ? 司がいてくれるだけで、オレは満たされちゃうってことだね」
「……また」
いつまで経っても照れ屋な司が耳まで真っ赤にして。だけどようやく顔を上げて、なんだかムズムズするみたいな変な顔で笑ってくれた。
「……実は今日、颯真疲れて帰ってくるんだろうなと思って、お土産にシュークリーム買ってきたんだけど。満たされたってことは、デザートはなしでいいかな」
「ちょちょちょ! なんでそうなるの?! シュークリームあるなら食べるよ!! おんなじもの食べて美味しいねって言いたいんだって、さっき言ったばっかじゃん!」
「ふっふふふ……嘘だよ」
そんな一生懸命怒んないでよ、と笑った司が、一切れ余っていた卵焼きをオレの口に放り込んできた。
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