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041:眩しい太陽
冬の寒さも緩んで、桜がちらほら咲き始めた頃。
「ちょっと話聞いて!」とわざわざ怒った猫のスタンプ付きメッセージが渉から飛んできたのが昨日。急だったものの、「バイト終わりで良ければ」と送り返したら、あれよあれよでつい小一時間前に渉と合流した。
夕方になって気温は少し下がったものの、外で過ごしても凍えるほどではない。「ちょっと気は早いけど、花見でもしようぜ~」と笑った渉に誘われて、テイクアウトのホットコーヒーとフラペチーノをぶら下げて、カフェの近くにあった公園のベンチを陣取った。
花見、なんて言ったくせに、選んだ公園には桜が植わっていないところがいかにも渉らしい。
「だっからさぁ! ホンッッットにアイツ腹立つんだよなぁ!」
プンスカ怒りながら、さっき買ったばかりのフラペチーノを音を立てて啜った渉が、「あ、これウマ」と笑う。
「……ふふ」
「あ~、何笑ってんの」
「だって。怒ったり笑ったり。渉って忙しいよね。見てて飽きない」
ふふふ、と笑いの名残を零したら、不満そうに唇を尖らせた渉が、ふと首を傾げる。
「そういや、司が怒ってるとこ、あんまり見たことないな。なんかないの、颯真の不満とか」
「えぇ? 不満? ……う~ん、どうだろ……あんま考えたことなかったな~」
「マジでぇ? オレなんてまだまだいっぱいあるぜ?! オレが夜更かしすると怒るくせに、自分だって夜更かししまくってたりさ~」
他愛もない痴話喧嘩を感情豊かに語られて、つい笑いがこみ上げてしまう。
「ホントに二人、仲いいよねぇ」
「えぇ? 話聞いてた? 不満ばっかだって話してんだけどなぁ、オレ」
「だって、言いたいこと言い合ってる感じ、凄くするもん」
「……それは……まぁ、確かに? そうかも? ……司は、……颯真に言いたいこと言えないのか?」
いきなり核心を突きにきた渉に、ゆっくりと首を横に振りながら、考え考え口を開く。
「……なんかね。オレは……。……遠慮しちゃうとかじゃないんだけどね。…………時々。ほんとに時々、一瞬。……オレなんかが幸せでいいのかな、とか思っちゃう時があってね。……なんか……うまく言えないんだけど。……こんな風に幸せでいいのかな、みたいな気持ちになるときがあって」
「……うん?」
「颯真は、そういう時って……なんか、オレより先に気がついて、先回りしてオレのこと甘やかしてくれるって言うか……無理しなくていいよって言ってくれて……有り難いし、申し訳ないなって、思ってることが多い……かな」
「……ふむ」
「……ごめんね。なんか重い話しちゃ、」
「オレはさ。司がさ。颯真のこと幸せにしてるなって、思うんだよね」
「……ふぇ?」
オレの言葉を遮ってそう言った渉の、何やらとてつもなくドヤっている顔をまじまじと見つめる。
「颯真ってさ~。あの顔だし、優しいからさ~。ホント、司にこんなこと言うのあれだけど、マジでめちゃくちゃモテてたんだよね。……颯真がさ~。大学に初めて指輪してきた日。マジで大学にいた女子全員が阿鼻叫喚だったよ」
「……えぇと……うん?」
腕を組んで何やら納得している仕草でうんうん、と頷きながら渉が続ける。
「ずっとさ、彼女とっかえひっかえしてさ。一人だった期間なんて、ほとんどなかったと思う」
「……そうなんだ」
「……けどさ。全然、幸せそうじゃなかった」
「……え?」
「彼女といてもさ、顔は優しいよ? でもさ、全然楽しそうじゃなかったし、幸せそうじゃなかった。……それがさ。司と付き合ってからの颯真はさ、毎日楽しそうだし、幸せそうなんだよね」
「……そう、なんだ」
「だからさ。いいと思うよ。司も、幸せになって」
「……」
「颯真のことを幸せにしたんだから、司だって幸せになっていいと思う」
見つめてきたのは、さっきまでとは違う、真剣な眼差しだった。
「何があったとか、ちゃんと知らないオレにこんなこと言われたって嬉しくないかもしれないし、素直に聞けないかもだけどさ。……でも、オレは颯真の友達として司に感謝してる。颯真がちゃんと幸せそうにしてるのを見るのは、嬉しいから」
「……わたる……」
「そんで、オレは今はもう司と友達だから、司にもちゃんと幸せになって欲しいって思う。……だから、司も幸せになっていいんだよ」
「…………ありがと」
しばらく見つめ合った後、お互い照れ臭く笑い合う。
「てかさ! 花見しよって言ったのに、桜全然ないな!」
「えぇ? 今気付いたの?」
「だって一番近くにあったからさ~。とりあえずここでいっかって思ったんだよな~。……今度さ! みんなで花見しようぜ! みんなで!」
「……うん、そうだね」
「よっし、決まりな! 稔に弁当作ってもらお~」
ついさっきまで稔への不満たらたらだったのに、なんて思うのは、きっと野暮だし、指摘するのも野暮だ。
「楽しみだね」
「桜の開花情報調べとかねぇとな」
にひひ、と笑った渉がフラペチーノを掲げてきた。それにコーヒーのカップをコツンと当てる。
渉の軽いようで爽やかに明るいところは、初夏の太陽に似ていると思う。元気で、周りも明るくして、暑すぎなくて、眩しいのに仰ぎ見たくなる。
「……きっと、そういうところが好きなんだろうね、稔も」
「へ? 何? 急に」
「稔もさ、幸せそうだよ。いつも」
「…………そうかな」
「渉もね」
「…………そうだな」
照れ臭そうに笑った渉がフラペチーノを飲みきって腕をさすった。
「にしても寒ぃな!」
「フラペチーノなんか頼むからじゃん。氷だからね、それ」
「だってさ~。新しいの出たら試したくなるんだよ~」
「……帰ろっか、そろそろ」
「ん。……今日、ありがとな。話聞いてくれてさ」
「……それはこっちのセリフだよ」
そっと笑ってそう返せば、わざとらしく鼻の下を擦った渉が胸を張る。
「どんとこいだよ。友達なんだからな」
「ありがと」
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