023:哀しい笑顔

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■■■ side-S 「……ぇ? っあ、――ちょっと待って!?」  事ここに至るまで紆余曲折があったわけではない。  いつものようにイチャイチャして、いつものように睦みあって。初めての頃のように痛がることもないくせに、いつまで経っても初めてみたいに恥じらったり、電気を消さないと全部見せてくれなかったり。なのに初めての頃より数段艶やかで艶めかしくて、飽きるはずもなく貪る日々が続いていた時のことだ。  いつもと変わらず柔らかく解れたそこへ入り込んでほどなくして、司がいつもとは全く違う切羽詰まった声を上げた。 「ぇ? 何、どうし、」 「ごめっ……ちょっ……イテテテテ」 「えっ!? えっ!? 痛いの!? ごめっ、あれっ?」 「ちがちがっ……ちょ、っと……」  悶絶する司を前にして慌てて上から退いたら、うぬぅ、と唇を噛み締めてああでもないこうでもないと足を動かしている。 「どうしたの?」 「ごめ……足、攣っちゃって」 「えぇっ!? どこどこ!? ごめん、無理させた!?」 「ううん、そんなことない」  大丈夫、と引きつった顔で笑った司が、ようやく思った場所を伸ばせたらしい。少し痛みが落ち着いたらしい様子でため息を零して、ごめんねを重ねた。 「あれかな。颯真のトレーニングメニューは、オレにはキツかったのかな」  あはは、と誤魔化す調子で無理に笑って、結局しょんぼり顔に戻った司がごめんねを繰り返す。 「ううん、全然。それより大丈夫?」 「ん。……ただ……その……」  ちらりとこちらを伺う目は、小さくなってしまったオレの中心を見つめているようだ。かく言う司の方も、すっかりしょぼくれている。 「仕方ないよ、気にしないで」 「ごめん……」  しゅんとした顔で謝る司の髪をサラリと撫でてみる。 「大丈夫。ちょっとビックリしちゃっただけだからさ。傷付けたりしてなくて安心した」 「ん……」  納得のいっていない泣き出しそうな顔のまま頷いた司の前髪を上げて、そこに触れるだけのキスを贈る。 「……ちょっと早いけど、寝よっか。今日はせっかくだし、くっついて寝よう」 「……うん」  しゅんとしたままの司を抱えて横になる。おやすみを囁いてから、気にしてないよの思いを込めて胸を優しいリズムで叩いてやった。  ***** 「じゃあ、お風呂入ってくるね」  昨日の今日で何やらガチガチに緊張しているというか、張り切っているというか。悲壮感すら漂う司の背中を、為すすべもなく見送る。 (全然気にしてないんだけどなぁ……)  朝起きてから何度か伝えたものの、うん、と力なく悲しそうな顔で笑うだけだった司は、なんというか自分のせいにしがちだからこそ、余計に気にしすぎているんじゃないかと思うのだ。  別に司が悪い訳ではないのだし、本当に気にしなくていいのになぁ、とこっちまでしょんぼりしてしまう。  それに別にセックスだけがしたくて一緒に暮らしている訳でもないのだ。勿論したくない訳じゃないけれど、ただ一緒に暮らしたい、側で笑っていて欲しいその時には自分も笑っていたい、苦しいときには助けたいし助けて欲しい――そんな風にお互いを求めているからこそ一緒に暮らしている訳で、体の調子が悪くてセックス出来なかったことくらい大したことではないのだと、どう言えば伝わるだろうかと結構真剣に悩んでしまう。  特に司の側に原因があったのがこじらせている要因だろう。自分のせいで最後まで出来なかったことが司を苦悩させているのだと思う。「自分のせい」は司にとって一番のトラウマを持つキーワードだ。  逆の立場だったならきっと、司だってそれほど気にしなかったはずなのだ。まぁ自分が足が攣った立場だったとしたら――たぶん、確かにむちゃくちゃ凹むだろうけれど、きっとトレーニングの最後のストレッチの時間を増やすに違いない。  かく言う自分も、時々足が攣りそうな気配を感じたことはあったのだけれど、そんな時は司に気付かれないようにこっそり体位を変えたりしていたのだから、ある意味お互い様だ。 (……そうか……)  自分も同じように足が攣りそうになったことがあるけど言い出せなかったと伝えれば、少しは司の気持ちも楽になるだろうかと思いついて、上がってきたら言ってみようと心に決めたいいタイミングで浴室の扉が開く音が聞こえた。 「……いや、遅くない?」  上がってきたら伝えようとそわそわしながらリビングで待っているのに、司は一向に浴室から戻ってこない。 「おかしいよな、これ……」  まさか貧血か何かで倒れているのではと気が気ではなくなってしまう。そう言えば食欲がなかったような気までしてきて、呑気に待っていられずに浴室へと走る。 「司? 大丈夫? 開けるよ?」 「えっ!? ちょっ!?」 「………………あれ?」  返事を待たずにドアを開けたら、何故だか壁に手をついている司がその手を下ろしながら、わたわたした顔でこっちを向いた。 「……どしたの?」 「…………その。……――ストレッチ、しとこうかなって……昨日のことがあったし……」 「……あぁ~、なるほど……」 「……見られたくなかったから、お風呂上がりにこっそりやろうって……カッコ悪いかなって……」 「……ふふっ」 「ちょっ! 笑わないでよ!?」 「違う違う。お互い見栄っ張りだなって思っただけ。……でもさ、しょうがないよね。恋人にはさ、やっぱ格好いいとこだけ見せたいもんね」 「…………ん。そだね」  お風呂上がりであることに加えて照れて顔の赤い司の腕を引く。 「一緒にやろうよ、ストレッチ。実はオレもさ、時々足が攣りそうになってたことあったんだよね」 「えっ!? そうだったの!?」 「ん。でも、ちょっと恥ずかしいしカッコ悪いかなって思ったら言い出せなくてさ。ホントに足が攣っちゃう前に体勢変えたりして誤魔化してたんだ」 「そうだったんだ……」 「うん。それにさ、ストレッチちゃんとやるなら、広いとこでやんなきゃね。変に狭いとこでやって逆に痛めたりしたら本末転倒だよ」 「…………そだね」  リビングに場所を移して2人で入念に体のあちこちを伸ばしていたものの、むくむくと沸き上がってくる欲望に負けてしまって、結局はストレッチを途中で切り上げて寝室まで行かないまま貪り合ってしまった。  最後までつつがなく事を終えた後、二人分の体液でめちゃくちゃになってしまったお気に入りのラグを前にして、リビングでは絶対二度としない、と爆発的に赤くなった顔で言い渡されてしまったのは痛恨のミスだった。(しかも次のラグを買うまでの間板張りの上で直に座るのは地味に辛かった)  ただし──「一緒にストレッチしない?」はその後しばらく、照れ屋な司からの分かりやすくて可愛らしい誘い文句になったから、それはそれでアリだなと心密かに思っていた。
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