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022:焼き立てのパン
「あ~! プリンあるじゃん! どうしたのこれ、食べていいの?」
「……あ~……そうなるよねぇ……」
お風呂上がりに冷蔵庫を開けた颯真が、目ざとくプリンを見つけてはしゃいだ声を上げる。
奥の方に隠しといたのになぁ、と心の中で苦笑いしたのに、こっちの気配に気付いたらしい颯真がしょんぼりと肩を落とした。
「……あれ? 食べちゃダメな感じ?」
「……そんなにしょんぼりしなくても……」
「だってプリン……」
冷蔵庫を開けっ放しで、閉め忘れを防止するアラームが鳴るのさえ無視してプリンと自分を交互に見つめる颯真に溜め息を一つ。
「……んも~……一個だけならいいよ。だから早く冷蔵庫閉めて」
「やった! 司も食べる?」
「オレはいいよ」
やれやれと笑いながら、どうせそう言うだろうと三個買っておいて良かったと笑っていたら、満足そうな顔でスプーンを咥えたままの颯真がいそいそとやってきて隣に腰掛ける。
「でも、プリンなんかどうしたの?」
「ん? まぁ、明日のお楽しみ」
「明日?」
「そ」
だから、まだ内緒ね。
にしし、と笑って見せたら、スプーンを咥えたままで、んぐ、と喉がつかえたみたいな音を出した颯真に、なんでだかギラギラした目で見つめられてドギマギする。
「ぇ? 何、どしたの……喉詰まっちゃった?」
「……プリンの後、司のことも食べていい?」
「へぇっ!? やっ……あの? ぇ?」
「すぐ食べちゃうね」
「や、ちょっ、待っ」
「待ってて。5分で食べちゃう」
*****
結局、昨夜はプリンと司の両方を食べることに成功して大満足のまま眠りに就いたのに。
翌朝目を覚ましたら、いつもは腕の中にいるはずの司がいないことに気付いて飛び起きた。
「司……?」
よく耳を澄ませてみると、キッチンの方からカチャカチャ言う音が聞こえた気がしてベッドから降りてキッチンへ急ぐ。
「……あ、おはよう颯真」
「おはよ。今朝は早いね、どしたの」
「ん。……ちょっとね。朝ご飯、もう食べる?」
「あ、うん。食べる」
「よし、じゃあちょっと待ってて」
ニコリと笑った司が冷蔵庫から取り出したのはプリンだ。
「どしたの、プリン? 朝ご飯?」
「まぁまぁ、待ってて」
ふふふ、と企む顔で笑った司が、魚焼きグリルの上に乗せてある食パンの上に、何のためらいもなくプリンをぶちまけた。
「えぇ~!? ちょっ、プリン!?」
「いーからいーから」
笑ったままの司が、スプーンでプリンを押し潰すように食パン全体に塗り広げていく。
唖然と見守っていれば、2枚目の食パンにも同じようにプリンをぶちまけて塗り広げてしまった。
「さ、後はいつも通りに焼くだけ。今朝はプリントーストだよ」
「プリン、トースト……」
「そう。ネットに載ってた」
「へぇ……」
そのためのプリンだったのかと納得はしたものの、そのまま食べた方が美味しいんじゃないかという疑念に表情が解れない。
むぅん、と眉を寄せていたら、司がふっと笑う。
「凄い顔。眉間、なんかハガキくらいなら刺さりそうだね」
「……ちょっと、挟まないでよ」
リビングまでハガキを探しに行こうとする素振りを見せた司に待ったをかけて、やっと笑った。
「……まぁ、物は試しだよね。プリンはそのままでも十分美味しいんだし。せっかく司がオレのために調べてくれたんだし」
「別に颯真のためって訳じゃ……」
「ないの?」
「……ないこともないけど……」
「全く……照れ屋だよねぇ」
ウルサイナ、と耳まで赤くしてそっぽ向く司が可愛い。
「司」
「……な、にっ!?」
「おはようのチュー、してなかったから」
「おはようのチューって何っ!?」
「照れすぎると怒っちゃうとこも可愛くて大好きだよ」
「んもう! うるさい!」
ふんっ、とまたそっぽ向いた司をハグしていたら、ふんわりと優しい甘い香りが漂ってきた。
「うわぁ、何これ……い~い匂い!!」
「ホント……そろそろ良さそうかな?」
よいしょ、と腕の中からあっさり抜け出す司になんとなく面白くない気持ちになったものの、司が魚焼きグリルを開いて余計に強く香った甘い匂いに思わず顔も心も緩んだ。
「うわぁ、美味しそう!」
「でしょ。ほら、食べよ。お皿取って」
「はいはい」
お皿の上にホカホカのプリントーストを乗せてリビングに運ぶ。
飲み物はいつもならお互い作り置きの麦茶のところを、インスタントのカフェオレが添えてあった。
「じゃあ、いただきます」
「いただきます」
両手を合わせて視線も合わせて。
笑い合って言ういただきますは、いつもオレを幸せにする。
その上、
「うわぁ、何これ! うんま~!!」
「確かに……量が多いとこと少ないとこでちょっと感じも変わるね。見た目はあれだけど、美味しいね、これ」
「ヤバい、これめっちゃハマりそう……」
一口かじったトーストは、お手軽ながらにちゃんとスイーツ感が味わえる。
食パンの外側のカリッとした食感とプリンのとろけ具合も面白い対比だ。カラメルも混ぜてあるから、ほろ苦さも感じられて司の言うとおり食べる場所によって味が変わるのも面白い。パンのお陰でくどさを感じないところがまたいい。
「あ~……なんか……昨日の夜からずーっと幸せだぁ……」
「なにそれ……」
オレのしみじみした呟きを笑った司も、なんだかんだ幸せそうにしている。
「ありがと、司。これめっちゃ美味しい」
「ん。ならよかったよ」
お互い、うへへと照れくさく笑い合ったら、堪えきれなくて甘い唇に噛み付いた。
「ちょっ、零れる!」
「だってキスしたくなったんだもん」
「だからってなんで今!」
「司だってキスしたそうだったもん」
「それはっ」
「したかったでしょ」
「…………」
応えないけれど、やっぱり耳が真っ赤だ。分かりやすくて可愛いけど、こういう時にちょっと困る。
「ねぇ……」
「――しないからね! 朝からなんてしないよ! 昨日もしたんだし!」
「……ちぇー」
「ちぇーじゃないよ!」
「分かってるよ。司に負担かけたくないしね。……体大丈夫?」
「っ、別に……大丈夫だよっ……いつも、颯真、優しいもん……」
赤くなった頬を隠そうとして俯いたのに、真っ赤っかの耳を隠せてないのが可愛い。
これって煽ってんのかな、なんて。寝起きだからムラムラするのか、司が可愛いからムラムラするのか、全然区別がつかなくて困る。
「は~……も~……司はホント、無意識でそう言うことするからなぁ~」
「へ? なにが……」
「今夜は寝かさないからね~」
「ちょっ、だから! 昨日もしたじゃん!」
「大丈夫、優しくするから……準備も手伝おうか?」
「いいよ! 自分でするよ! 恥ずかしいじゃん! ってか、まだ朝だからね!? 分かってる!?」
「分かってる分かってる。も~、ホント可愛くて困っちゃうなぁ。早く夜にならないかなぁ」
「買い物! 行くんだからね!? 冷蔵庫もう空っぽだからね!!」
「行くよ~、食べて体力付けなきゃだしね~」
「もう! ばっかじゃないの!?」
プリプリ怒りながらトーストにかぶりついて、その甘さにホロホロと怒りを溶かしていく表情の移り変わりも可愛い――。
思わず食べることも忘れてじっと見つめていたら、呆れた顔して司が笑った。
「……颯真、冷めちゃうよ」
「……あぁ、うん。食べる」
「…………今日は、買い物して掃除して洗濯するからね」
怖い顔を取り繕った司に念を押される。全然怖くないところがまた可愛くて、頬が緩みっぱなしなことを自覚しながら神妙に頷いてみせる。
「分かってるって、ホント」
「……でも、2人でテキパキやれば、すぐ終わるよ」
「うん、そうだよね」
「そうだよ」
「うん……?」
「……」
「――うん! よし、早く……でも味わって食べよう! そんで洗濯して買い物行こう!」
「掃除もだよ」
「分かってる!」
にひひ、と笑って最後の一口を放り込んだ。
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