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010:靴音
窓際で日向ぼっこしていた猫のクロが、ピクリと耳を震わせて顔を上げた。ふにゃぁんと大口を開けてあくびをした後に、両手足を伸ばしてしぴしぴと耳を揺らす。
「帰って来た?」
「ん、に」
近づけた顔の傍でスピスピと鼻が鳴る。
よいしょとクロを抱き上げて玄関へパタパタと歩く間にカチャリと鍵の開く音がした。
「ただいま~」
「おかえり~」
腕の中で藻掻いたクロを床に下ろしてやれば、トトトッと颯真の方へ走って行く小さな後ろ姿が愛しい。
「んぁ~、クロ~、ただいまぁ~」
デレッデレに表情を崩しながらクロを抱き上げて鼻同士をくっつける猫の挨拶の後、こっちに向かって「ただいま」と笑った颯真がクロごとオレを抱き締める。
「ん。おかえり」
「なんか最近お迎えが早いよね」
「うん。だってクロが教えてくれるからね。鍵が開く前にクロが気付くから」
「そっか……確かに司が帰ってくる時も鍵が開くずっと前から玄関で座って待ってるかも」
「そうなんだ」
思わず緩んだ口元は咄嗟に手で隠したはずなのに、颯真のニヤニヤ笑いが追いかけてくる。
「……何……」
「んーん。嬉しそうだなぁと思って」
「そりゃ……。颯真だって嬉しいでしょ?」
「そうだけどさ。……オレも待ってるからね? 司が帰ってくるの」
「…………知ってるよ」
「ホントに?」
「……だって。……オレも待ってるんだから」
「――へへっ、そっか」
くすぐったそうに笑った颯真がむぎゅぅっとオレを抱き締めるのを甘んじて受け止める。
「クロが来てくれてよかったね」
「そうだね」
へへへっと笑った颯真の無防備な頬に電光石火のキスを贈って、驚きに緩んだ腕の中から抜け出す。
「さ、ご飯にしよっか」
「~~っ、いやだっ。先に司とイチャイチャする」
「何言ってんの!?」
「イチャイチャすんの!!」
後ろからがばりと抱き竦められて、やれやれと溜め息を吐く振りで照れ臭い笑みを誤魔化していれば、心底呆れたような目をしたクロと視線がぶつかる。
「……クロが見てるんだけど……」
「ダメだよ~。ここから先は18禁ね」
「わー……おじさんみたい」
「ちょっとやめてよ! 地味に傷つくから!」
半分照れ隠しでぎゃいぎゃい言い合うオレ達をよそに、空気を読んだクロがホテホテとリビングのキャットタワーに向かうのを見送ったら、颯真に腕を引かれて寝室に連れ込まれた。
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