046:スコール

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046:スコール

「うわっ、降ってきた」 「----あっち! 雨宿りできそうだよ」  行こう、と腕を引かれて、屋根のある場所を目指して二人で走る。出会った頃の司なら、きっと雨に濡れる場所でぼんやり立ち尽くすだけだっただろう。  パシャパシャと足下で水を跳ね散らかしながら、屋根の下へと滑り込んだ。 「梅雨だねぇ」 「ホントに」 「梅雨だって分かってたんだし、傘はやっぱり持ってた方が良かったかなー」  出かけるときは晴れていたから、つい油断してしまった。  そんな風に笑い合って、拭くものがないかと探していた鞄の奥底から、いつ入れたとも知れないくしゃくしゃのタオルを見つけて更に笑う。 「ちょっと! いつ入れたのそれ!」 「いつだろうなー。……毎回使ったら洗ってるはずなんだけどなー」 「ホントにー?」 「……まぁ……臭くはないから、大丈夫」 「えぇ~?」  ふふふ、と楽しそうに笑う司の頭に、えい、とタオルを被せる。 「きっと通り雨だろうし、しばらく待ってみよっか。……通り雨っていうより、もはやスコールみたいになってるけど」  わしわしと頭を拭いてやったら、交代ね、と笑った司が、オレの手からタオルを取る。  そうしてオレが司にしたようにわしわしと頭を拭いてくれた。 「……ねぇ……雨が上がったらさ----」  雨宿りは、やっぱりすぐに終わりを告げた。薄雲の隙間から、うっすらと光が差し込んできている。  屋根の外へと足を踏み出して空を仰いだ司が、眩しさに目を細めていて、なんだか一枚の絵みたいだ。  ----なんて。付き合ったばかりでもないというのに、一連の仕草に胸を高鳴らせているというのはあまりに純情過ぎるような気がして、思わず唇が苦笑に歪む。 「颯真」 「んー?」 「晴れたね」 「----うん」  中学生でもあるまいしと思っていたというのに、にっこりとこちらを振り向いた笑顔に、なんだか胸がいっぱいになってしまった。 「颯真? どしたの?」 「んーん、なんでも。……行こっか? でも、その前に一回着替えに帰る?」 「……それもそうだね」  びしょ濡れだもんね、と照れくさそうに笑う司の手を取って、改めて一歩踏み出した。  サッとシャワーを浴びて乾いた服に着替えたら、まだ雨が落ちてこないことを確認して外に出る。  少しウキウキしているらしい司の足取りは軽い。それに釣られて自分の足取りも軽くなっているような気がするから、純情は怖い。  最寄り駅まで歩いたら、目的地までは電車で2駅。駅直結の商業ビルに目指す店が入っているはずだ。 「ずっと買おうと思ってたんだけど、ついつい先延ばしにしちゃっててさ」 「そうだったんだ」 「うん。……ほら……なんてか。……自分のことも、大事にしないとねって」 「……うん」  だからそういう可愛い台詞は二人きりの時だけにして欲しいのだと、何度言っても伝わらないから困る。  公衆の面前、しかも電車の中だなんて。抱きしめてキスする訳にも、まして手を繋ぐわけにも、頭を撫でる訳にもいかないというのに。  悶々と自制心を総動員して戦っていたら、 「もう着くよ」 「----あ、うん」  いつの間にやら目的の駅だったらしい。はっと顔を上げたら、不思議そうな顔の司と目が合った。 「大丈夫?」 「ごめん、ちょっとボーッとしてた」 「風邪引いたりとか……」 「してないよ。大丈夫。行こう」  まだ心配してくれているらしい優しい瞳に笑いかけて、出入り口へと歩いて行った。 『……ねぇ……雨が上がったらさ……折り畳み傘、一緒に買いに行かない?』  そんな誘いに、いちもにもなく頷いた。  出会った頃の司だったらきっと、絶対に言わない言葉だった。  自分を大事にすることに無頓着だった司も、ちゃんと雨宿りするようになったし、こうして自分から傘を買いに行こうと言ってくれるようになった。  さっき言っていたように、「自分を大事にしている」ことを、ちゃんと言葉と態度で教えてくれているのだと思ったら、本当に胸がいっぱいだ。  どれがいいかな、とたくさんの折り畳み傘を前に悩む姿を、感慨深く見つめる。 「……あ、ねぇ。颯真も買う? 今日、持ってなかったでしょ?」 「……なんなら、お揃いにしよっか」 「へー? 何ソレ」  お揃いの傘って、とくしゅっとした顔で照れ臭そうに笑った司が、色違いしかなさそうだよ、と満更でもなさそうな声で教えてくれる。 「いいじゃん、色違いでも」 「おそろいねー……」 「何、やだ?」 「……別に。そんなことない、けど」  もにょもにょと口ごもる司の耳から頬にかけて、真っ赤に染まっている。 「じゃ、色違いね。オレもちゃんと毎日鞄に入れてくよ」 「……タオルも、ちゃんと綺麗なやつね」 「……そうだね」  へへへ、と笑って見せたら、何かを思い出した顔で司が笑った。 「芸術的なしわくちゃ具合だったからね」  ふふふっと堪えきれずに吹き出した司の肩に、肩をぶつけて抗議しながら、色違いの傘を手にレジへと向かった。
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