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赤く染まる愛憎
コートだけでは足りずにマフラーを出し始めて来た十一月中旬。
早朝に電話で事件の知らせを聞いて結也が来たのは日枝神社の外堀通りに面している山王橋参道の鳥居の前だ。破風が架せられた大きな白い合掌鳥居と大きな白い階段が外堀通りの対岸からも映える素晴らしい参道なのだが今日は一変していた。
薄らと日の出が出て来たぐらいの薄暗い中でもはっきりとわかる、白い階段の上段からべったり、かすれた、飛び散った、流れた、さまざまな状態で階段に付いているのはどれも赤黒い色をしている血液で小さい物も数えれば参道の階段百三十二段すべてに付着していた。
規制のテープを潜り階段を上って死体があった踊り場の様に広くなった階段の中段の右側の壁に行くとテープで模られた人型が歪な形で残されていた。テレビドラマの様に鑑識作業の所に刑事がズカズカ入って行くことはないので結也が入る頃には死体も遺留品もなくただ赤黒い血液だけが残っているだけだ。そんな生生しい光景を見ていると後ろから今着いたであろう平井が声を掛けてきた。
「すみません遅くなりました、うわ凄い量っすね。ひどいな。」
「あぁ、一人分とは思えない量だな。上行くぞ。」
中段からさらに上り最上段に来ると鑑識が辺りの捜索をしていたり、担当の赤坂中央署の刑事が事情を聴いたりとさまざまだった。結也はまず近くで遺品の入った袋を確認している男の所へ向かった。
「幸田さんお疲れさまです、被害者の身元分かるものありましたか?」
「神野か、おはようさん。被害者は入江桃愛さん、ほれ免許証。それからもう一人池田大樹さんこっちは保険証だ。」
「やっぱ二人っすか。」
「まだわからないけど、彼女を殺して彼氏も自殺って感じに見えるな。」
一番最初の死体があった状況を細かく説明してくれる幸田昭は鑑識課の現場係の係長を勤めていて刑事課に結也が移動になる前は一緒に写真係として働いていろんな現場を経験した仲だ。
結也が刑事課で成果を上げているのが幸田も嬉しくこれまでも同じように手助けしていた。今回の状況は結也が経験してきた現場の中でもかなり悲惨な現場で階段の広範囲に着いていた血痕は入江桃愛の物と言う見立てらしくその理由が死体の損傷が激しくわざわざ傷が着くように下着姿にして階段から落とされたことが一番の理由。
そして池田大樹の方は首をナイフで切っての失血死と言う見立てで中段の壁に寄り掛かるように座らせた入江桃愛の足もとに重なるようにして死んでいたことが二番目の理由だった。
亡くなった二人の身元を手帳に写して終えて幸田からの状況を続けて書いていた平井の顔が険しくなっていたのは寒さだけではないだろう。そんな中幸田がグシャグシャに壊されたスマホらしい物を出した、大きさ的にスマホと予想出来るぐらいで原型はなくぱっと見は何なのかも分からないほどだった。
「それにこれ見てみろ、徹底的に壊してあって修復不可能だ。データは無理だな。」
「ここまでやるってなんかデータ消すとは違いますよね、恨みとかかなー。」
「かもな、後男の方はここのお守り持ってたからもしかしたら男の方が呼び出したのかもしれんな。何か二人の思い出の場所だったのかも。」
「これですか。」
差し出された袋に入っていたのはお猿のデザインのまさる守りが二つあった。まだ包装から開けてはおらず新品のままだった。
幸田からだいたいの状況を聞いて話しを終えた結也と平井はそれぞれ分かれて話しを聞くことにした。平井は所轄の刑事から今得ている情報の把握、結也は日枝神社の宮司の大山展明(おおやまのぶあき)に挨拶に行く。大山も大山咋神(おおやまくいのかみ)と言う神でこんな事件が起きた以上声を掛けておかなくてはいけない。
案の定結也が行く頃には寒い中朝から事情を話して機嫌の悪そうな大山の姿があった。
「大山さん、今回は大変なことになんて言ったらいいか。」
「あー、東京大神宮の神野さんとこの、三人いるんだよね。」
「はい、次男の神野結也です。」
「そうだったそうだった、結也くんだ。いやーまいったよ、さっきの刑事さんにも話したんだが何にも気付かなくて。朝刑事さん達が来るまで知らなかったぐらいで。」
「そうなんですか、他に例えば稲荷さんが見てたとか神猿が何か見てたとかないですか?」
「それも無さそうなんだよ、まあみんな死体があるって分かってから見には行ったけどやっぱ気が立っててさ。
それに昨日は神猿達にも手伝ってもらって新嘗祭の準備してたんだ、ここんとこ御婚礼とお祓い続いて全然準備出来てなくてさ。息子は神業で出雲行ってるし人手足りてなくて。」
「そうですよね、うちも親父出雲行ってて大変です。」
「あ、でも昨日の夜中にここ通っていった奴なら一人分かるよ。」
「え?!誰っすか?」
「赤坂氷川の須平だよ、あいつこの近くの居酒屋が行きつけで帰る時にここ通って帰るんだよ。須平の奴酔っぱらうとよく暴れてくからそれで分かるんだよ、まあ見てないけどそこらへんは結也くんに任せるよ。」
大山からの神独特の目撃がありどうしようかと悩んでいると後ろから平井がやってきた。
「なにか有力な情報ありました?」
「あのー平井、死亡推定時刻わかるか?」
「おー、えっと死亡推定時刻は夜中の十二時から二時ぐらいだと。まだ解剖前だから確定ではないですけど。」
「大山さんその須平さん通ったの何時だったか覚えてますか?」
「二時過ぎだったかなー、はっきりとは覚えてないけどそれぐらいだったと思うよ。」
「え、目撃情報ですか?」
あくまでその時間にいたかもしれないくらいだからと話し、そのまま帳場が立つ赤坂中央署に行くことに。
何せ入江桃愛は住所も職場も赤坂とは関係なく池田大樹も日枝神社のお守りこそ持ってはいたが同じく家も職場も赤坂とは関係がないので一度捜査会議で整理した方がいいと思ったからだ、それに結也はひとつ気になっていることもあり下手に動かない方がいいと思ったのもある。
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