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ホワイトデーのひよこ
「お疲れ様です」
「おつかれ!」
練習室を出るところで、たまたまみっきーさんと一緒になった。今日は稀にみるラッキーな日かもしれない。毎週自分から話しかけにいけるほど、話題を豊富に提供できそうになくて尻込みしてしまうことが多かった。中身なんてなくてもいいのかもしれない。でも、みっきーさんとの会話は大事にしたいという思いもあった。適当に会話して、変なことを口走ってしまわないか、とか、気にしたらキリがない。
「ねえねえ、彩絵ちゃんは甘いもの好きだったよね?」
そう唐突に切り出したみっきーさんは、少し頭を傾け、キラキラとした瞳でこちらの反応を伺っている。
「はい、好きです」
内心ドキドキしていても、平静を装ってかえってテンションが低めな反応になってしまう。答えた瞬間、こういうところが自分の可愛くないところだな、と密かに反省をする。
「じゃあ、ちょっとまってね」
地上に上がる階段の手前で、みっきーさんが立ち止まった。私たちを追い越して先に帰っていく何人かの楽団員とお疲れ様です、と挨拶を交わす。
「はい、これあげる」
みっきーさんが鞄から取り出したのは、小ぶりな包みだった。透明なラッピングの中には、ひよこの形をした小さなクッキーが沢山入っている。
「えっかわいい!ですね」
先ほどの反省の成果、ではない。本当に驚いて取り繕うこともできなかったのだ。思わず敬語を忘れかけてしまったくらいに。そんな様子をみっきーさんはふふ、と笑って流してくれる。
「ここにくる前にカフェに寄ったら、このクッキーが売っててね。ひよこを見たら、この前彩絵ちゃんにもらった可愛い小鳥のチョコのことを思い出したんだ。もうね、この可愛さでしょう。買わずにはいられなくなっちゃったから、折角なら彩絵ちゃんにと思って」
包みを私の目線に合うように持ち上げて、可愛いひよこたちをアピールしてくる様子に、今度はこちらが笑ってしまった。
「いいんですか?あんなに小さいチョコ1つだけだったのに」
「いいのいいの。あの一粒にどれだけ癒されたか」
差し出した手のひらに、優しくひよこたちの包みが置かれた。嬉しくて嬉しくて、ひよこたちの様に私にも羽根が生えてしまいそうだ。
「ありがとうございます。嬉しいです!」
バレンタインを渡せなかったのに、ホワイトデーのプレゼントを貰ってしまった気分だ。たった1羽になってしまっても、小鳥はみっきーさんの元に届いたのだ。そのこともまた、とても嬉しかった。
バス停はホールのすぐそばにある。いつもはとてもありがたいけれど、今日はもう少しみっきーさんといられたらいいのになんて思ってしまうのだから現金なものだ。ホールを出ると、バスで帰る私と電車で帰るみっきーさんの向かう方向は真逆になってしまう。
「じゃあ・・・また、来週の練習で」
外に出たところで、みっきーさんは一度立ち止まって私と正面になるように向き直った。何かと思えばまた来週、と挨拶をしただけだ。心なしか話すスピードもゆっくりだったし、なんとも丁寧な挨拶だなあと変なところで感心してしまった。もちろん、そんなことを考えていたなどとは口にも顔にも出さずに笑顔で手を振る。
「はい。また、練習で!」
くるり、と背を向けた途端に頬からゆるゆると力が抜けていく。側から見ればだらしのないニヤケ顔をしていることだろう。
バスに乗り込んでからもひよこたちのクッキーを飽きもせずに眺めて過ごした。人目に可笑しく映ろうが仕方がない。今はこのクッキーよりも、小鳥のチョコレートよりも何よりも私の心が甘いのだから。
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