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 さて、徳右衛門の悩みはこの叔父のことばかりではない。  先ほど徳右衛門には双子の息子たちがいると書いた。松一と松二である。今年かぞえで十歳となる。  まだ先のこととは言え、西村家は、元服後に長兄である松一が継ぐことになるだろう。ということは、次男の松二はどうなるか。  遠縁の家に養子の貰い手などがあればよいが、そう簡単には見つからぬ。となると、松二は兄の働きに寄生しながら生きていくのか。  そしてその先、松二も徳七のような、なんら為すところのない「厄介叔父」のような存在になるのではないか。  夕食は茶碗に山のように盛られた白米とわずかばかりの実の入ったみそ汁、そしてふた切れの漬物だった。  家族で膳を並べて黙々と箸を動かしている。  松一と松二の膳には、小皿の上に、手のひらほどの小さい焼き魚が乗っている。 「今日は二匹だけなので、ぜひ子供たちに」  夕刻、釣り竿を担いで家に帰ってきた叔父の徳七は、そう言いながら釣ってきたイワナを台所に置いていった、と妻のふみが先ほど言っていた。  まったく瓜二つ双子のせがれたちは、皿の上の川魚を不器用に小骨を避けながら箸で突いていた。 「叔父上は?」徳七は箸を置いて妻のふみに尋ねた。 「いらっしゃいますよ。お部屋に」 「そうか」  徳七だけはいつも、ひとり離れて食事をする。徳七は、布団を敷けば半分が侵されるような狭い北向きの部屋に起居している。  父が存命のうちは家族揃って夕餉を摂っていたのだが、徳右衛門が家督を継いでしばらく経ったころから、まるで徳右衛門を避けるかのように、部屋に膳を運ばせるようになっていた。  おそらく、徳右衛門が疎ましく思っていることを感じ取ってのことなのだろう。  別に顔を合わせたからと言って、責めるわけでもなく嫌味を言うわけでもないが、やはり厄介叔父という自分の立場に後ろぐらい所を感じているのだろうか。 「おさかな、おいしい」と松二が言った。 「うん、おいしい」と続いて松一が言う。  同じ顔をして無邪気に笑顔を見せる双子に向かって、 「そうか。後で徳七おじさんにお礼を申しておくのだぞ」と徳右衛門は言った。  夕食後、徳右衛門は双子の息子に、書を読ませる或いは写経をさせることを日課としている。  教育の一環として行っているのだが、長男である松一はもちろんのこと、松二にも同じ課題を課している。  むしろ、意識的に松二のほうを厳しく指導してさえいる。  松一はやがては自分の仕事を受け継ぐことがほぼ確定しているが、松二はそうもいかない。他家に養子に出る機会があればその家を継いで恥じることのないよう立派に教育しておかなければならない。  養子に出る先がなくとも、勉学に励んで居ればそれが誰かの目に留まって、学問で身を立てるということもあるやもしれぬ。  とにかく、次男である松二のほうをより立派に教育せねばならぬと徳右衛門は考えている。時には松二を打擲することさえあるが、きっとそれは父がお前の将来を考えてのことと理解してくれる日が、やがて来ると信じている。  三日に一度、徳右衛門は木刀をもって松二に剣術を仕込んでいるが、松二はなぜ兄がやらぬことを自分だけやらねばならないのかと、ときに不平を言う。
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