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先生とナターシャ
暗い部屋の中、椅子に座った青年は本を閉じた。本はパタッと乾いた音を立てると床に落ちた。考え事をしている彼にはその本を押さえようなどという気はさらさらなかった。彼の考えは深く、黙り込んだまま何分か経過した。しかし、何かに気がついたように顔を上げ、ドアの方を向き、口元に笑みを浮かべると言った。
「ナターシャ君、覗き見とは趣味が悪いな。」
青年が指を振るとドアは自然と開き、ストッパーがかけられ、生徒とおぼしき少女の姿が露わになった。そこには少女が手を双眼鏡のようにして苦笑いで立っていた。プラチナブロンドの髪を三つ編みで一つに編み上げ、肩にかけている。
「いや、覗き見しようとしたわけじゃないんですよ?」
「ならその手はなんだ?」
そう言われ、ナターシャと呼ばれた少女は手を後ろに隠す。手には魔術を使った時にだけ浮かび上がる紋章が暗闇の中で煌々と彼女の瞳と同じ深緑色に光っていた。
「そんなことより!」
「何がそんなことだ…俺の魔術を無駄に消費させやがって。」
「先生が歩いてドアを閉めれば良かった話ですよ?いや、別にそのままでも良かったんですけど。」
その言葉に先生と呼ばれた青年は眉を寄せた。
「何が『そのままでも良かった』だ。大体お前はいつも何なんだ」
「生徒です。」
間髪入れずに彼女は言い、先程まで青年が読んでいた本を拾いあげた。
「また、読んだ本を下に置いて……。」
埃を払いながらナターシャは続けた。
「先生ともなる大魔法使いがこんなだらしない生活してるって知ったら皆幻滅しますよ?」
「勝手に幻滅してもらって構わない。」
そう言って青年は他の本に手を伸ばしている。その本をナターシャは力ずくで奪い取ると読み上げた。
「誰でもわかる哲学…?」
「他世界語なのによく読めたな。」
「見縊らないでください!これでも世界史だけは学年の指折りだって言われてるんですから!」
「世界史だけ…まぁ、世界史教師の俺としては嬉しい限りではあるが……。」
ナターシャはパラパラと本をめくると一つのページに目を止めて言った。
「あの、この本借りてもいいですか…?」
「ああ、いいぞ。ただし」
教師だと言う青年は一つ息を吸うと言葉を付け足した。
「俺が次読むはずなのを忘れるなよ。」
「はいはい」
そう言ってナターシャは開け放たれたドアから駆け足で出ていった。
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