哲学における他者の意味合い

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哲学における他者の意味合い

現代哲学での「他者」とは、「私の主張を否定してくるもの」「私の権利や生存にまったく無関心なもの」「私の理解をすり抜けるもの」などを意味し、多義的で抽象的な言葉である。言わば、自己(私)の思い通りにならない、よく分からない、「他人的な性質を持つもの」は、どれもまとめて「他者」と名付けられる。 ナターシャは本を訳しつつ、少しづつ気付き始めていた。やはり私にこの本は難しすぎだと。加えてナターシャの性格にこの本は全く当てはまらない。幼い頃に両親を共に亡くしたナターシャにとって「他者」がどうであれ関係ないのだ。たとえ主張を否定してきたとしても、私の生存にまるで無関心でも、生きていれさえいればそれでいい。よく言えばおおらか、悪く言えば大雑把。 「何が『誰でもわかる哲学』だ。」 そう悪態をついて彼女は辞書と借りた本を両手で同時にパタリと閉じる。辞書はやっと解放されたとでもいうかのようにそこらの土埃を巻き上がらせると彼女のくるくると回る指の動きによってふよふよと飛びながらトランクの中に収納されていった。この本に興味が無くなったナターシャはトランクの上に両腕を置き、寝そべりながら辺りのガラス戸を見回した。雨はガラスにこれでもかという程くっつき、流れ落ちていく。彼女は痛みを告げる肩を軽く叩いた。まだ雨は止む事はなさそうだ、そう考え、本を枕にした彼女は雨音と共に深い眠りの中へ吸い込まれていった…。 ただ、ナターシャはその時大きな失態を犯した。雨音ばかりに気をとられ、刻一刻と近づく雨と泥にまみれた足音に気がつかなかった。ドアがガラリと開き、薄暗く湿っぽい部屋に冷たい風と雨水が入ってくる。彼女の姿があらわになるとその人物は彼女に言った。 「あなたに会う為、いつ何時でも貴方の事を思っていたのに…。」
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