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「このご時世じゃ就職活動の面接、どこもオンラインなんだなぁ」
転職中の男、キノエはため息交じりにオンライン面接の準備をしていた。
不慣れなオンラインではあったがパソコンを起動させて、約束の時間に入室すると画面の中に面接官が映し出された。
「あ、どうも」
オンライン上でのやり取りは、どうも実際に対面している時と何か間が違って喋り辛い。
「こちらの音声しっかり通っていますかね」
「はい、問題ありませんよ。音声も映像もしっかり通っております」
「私、面接官を務めますキノエといいます」
同じ苗字を名乗られた。
「あ、偶然ですね」
「えぇ。私も履歴書を拝見して少し驚きましたよ。何せあまり多い苗字というわけでもないですからね。学生時代から今の会社で務めるまで、一度も会いませんでしたから」
いくらか緊張感をほぐそうとしているのか、面接官から柔和に笑いかけられた。
「もしかしたら、私達の出身地では多い苗字だったのかもしれませんね」
「"私達"……ですか?」
「ええ。履歴書を拝見して気づいたんですが、出身地、そして母校が同じのようですね私達」
「え」と思わず素っ頓狂に声を漏らしてしまう。
「偶然ですね。私の地元は地方だということもあって、上京してから同郷の人と出会った経験もなくて」
「これはもしかしたら、弊社と縁があるのかもしれませんね」
だがキノエは緊張が取れないというか、どこか落ち着きがない表情でパソコンのディスプレイを凝視していた。
「ちなみに学生時代の学部は経済と伺っていますが、卒論では何を?」
「はい、私は経済の中でも経済史が専門でして。中世欧州の経済状況と、それが後世にもたらした影響を体系化してまとめる、といった内容で執筆しました」
「あぁ、となるとメディチ家などの論文だとか学術誌には目を通されたりしたんじゃないですか?」
ニッと得意げに頬をほころばせる面接官の言葉に、キノエはただただ目を丸くしていた。
「まさにです。何で分かったんですか」
「いえなに。私もそのテーマで学生時代に卒論を執筆したんですよ、大学の図書館に籠ってね。もっとも、論文と言えば聞こえは良いですが、参考資料の情報を継ぎ接ぎしたパッチワーク紛いの出来栄えでした」
「そうだったんですか……いや、すいません。私も全く同じです。調べた時に使った本の内容がギリギリにコピペにならないていどの仕上がりになってしまって」
「わかります。いくら4年生とはいえ大学生の若者には本格的な論文を完成させるなんて、そうそう出来たものではありませんからね」
ウォームアップといったところだったのか、面接官は表情を少しばかり引き締めると、手元の書類に目を落としていた。
「では、いくつか基本的な所からお伺いいたしましょうか」
そう言いかけた時だ。
「すみません、まず最初に、ちょっと一つ良いですかね」
キノエは手を上げた。
「はい。どうされました?」
「あの、ちょっと、あの……」
「――似すぎじゃないですか?」
「はい?」
「なんか、凄い似てるんですけど」
「何がですか?」
「いや、アナタが。私とアナタが」
クスリと笑って答える。
「あぁ、確かに何だか貴方と共通点が多いですよね。出身地や母校も同じだなんて」
「いや、というよりかは……」
言い出しづらそうに口ごもる。
「見た目が瓜二つなんですけれども」
「はい?」
「私と面接官さん、瓜二つというか、顔がすっごい似てるといいますか……最早、同一人物にしか見えないんですけども」
オンライン上で対面しているこの二人。人相はおろか、かけている眼鏡から刈り上げた髪型、額のニキビ跡まで全ての特徴が完璧に合致していた。
「ははは。確かに。周りの人が見たらどっちがどっちなのか、混乱してしまうかもしれませんね。まぁ、年も近いですから特徴が似通うこともあるでしょうね」
「いや、もう『似通う』とかそんな程度ではなくてですね……目から鼻から口から全てがそっくりなんですけれども……というか、同一なんですけれども」
言いながらグッとディスプレイに顔を近づける。
「え、っていうか逆に違う所あります? 僕ら。下手な間違い探しよりも難易度高いと思うんですけれども」
「僕らに違うところがないだなんて。無二の親友みたいに言わないで下さいよ」
「言ってませんよ」
面接官側は 何にもの人間と会う中で経験済みの 全く気にする素振りが無い。
「まぁ、面接続けましょう」
「は、はぁ」と狼狽えながら
「えぇと、生年月日が ですか。 高校も大学も特に留年、浪人も無しと」
「そうですね」
「それはよかった」
「ちなみに、面接官さん、今おいくつでいらっしゃいますか?」
「あ、奇遇ですが私も貴方の同じ年齢です」
「……で、母校が」
「同じです」
「あり得ないですよね? だったら高校でも一緒のはずですよね?会ってるハズですよね?」」
「高校時代は地味でしたからね。私。あだ名も下の名前をもじった『キノ』っていうシンプルなものでしたからね」
「怖くて聞けなかった下の名前をアナタから言い出しましたね」
「何を恐れるんですか」
「度を越した偶然って恐怖なんですよ」
「あれ、下の名前も一緒なんですか?
「一緒ですよ、一緒。っていうか貴方の方には送付した履歴書あるから分かるでしょう。あと、ついでに言いますよ? 渾名もいっしょです。由来含めて完全に一致しています」
「奇遇ですね」
「不気味です」
「偶然ってあるもんですね」
「なんで、そんな出身地が一緒だった程度のリアクションで抑えられるんですか」
「まぁ、世の中ありえないことはないですからね」
「というか、アナタさっき学生時代も同じ苗字の人とあったことはないって仰ってましたよね?前後の話が矛盾してるんですけれども」
「ちなみに弊社を志望した動機なんですけれども――」
「え、何で急に流したんですか」
「すみません。私、どうもこういうところがあって」
「何ですか、こういうところって」
「何か一つのことに気を取られて、他のことへの注意が疎かになってしまうことがあるんですよ――丁度、アナタが短所として記入しているのと同じでね」
「うぅわ、性格まで一緒だ」
「いやいや、言葉遣いは気をつけてくださいよ」
「言葉遣い以上に気になってしかたがないんですよ、あなたのことが」
「気になって仕方がないだなんて。運命の相手と出会った大恋愛みたいに言わないでくださいよ」
「言ってませんて」
「まぁ、アナタの動揺も分かりますよ。私、今こういう仕事してる上に学生時代はアルバイト先で接客業をやっていたものですから。相手の気持ちを推し量るのは得意なんです。-―丁度あなたが、御自分の長所として紹介しているのと同じでね」
「……え、ドッペルゲンガーか何かですか?」
「ドッペルゲンガー?」
「あるじゃないですか。ドッペルゲンガーという自分自身の分身のようなもので遭遇した場合は死に至るという--」
「いや、知ってるんで大丈夫ですよ」
「そのマジレスというか、冷静さが怖いんだよな……」
「いよいよ言葉遣いが崩れてますよ」
「言葉以上に、存在が崩壊しそうです」
顔を覆った。
「っていうかドッペルゲンガーってオンライン上なら遭遇してもノーダメージなんですか?」
「わかりませんよ、私に聞かれても」
ケタケタと笑っている面接官に「この冷静さだけが丸っきり俺と違うんだよな」とキノエは顔を覆いながら動揺していた。
「ごめんなさい、ちょっとお茶を頂きますね」
そういうと面接官は一口、ペットボトルのお茶を飲んだ。
「ごめんなさいね、面接中に」
「いや、構いません。構わないんですが……」
キノエは口ごもりながら、自分が机の上に置いていたペットボトルのお茶をウェブカメラの前に掲げた。
「これも被ってるんですが」
「おや、奇遇ですね」
「いや、どうなってるんですか? なんで机の上に置いてあるものも同じなんですか?」
キノエはもしやと思いつつ、ノートパソコンの脇に置いていた電波時計は掲げる。
「もしかしてですけど面接官さんのデスク上にも、こんな時計があったり――」
「奇遇ですねぇ」
言い終える前に、楽しそうに笑いながら面接官は全く同じメーカーの時計を掲げて見せた。
「いやぁ、僕もこの時計はオフィスでずっと使ってるんですよ」
「嘘だろ、おい……」
「言葉遣い気をつけてくださいね」
「もうマジでそれどころじゃないんすよ」
いよいよ恐怖感が激しくなり、キノエは頭を抱えていた。
「え、もしかして部屋ごと被ってるんですか? 部屋も同じなんですか?」
「いや、何を言っているんですか」
全く同じタイミングでヒーターが鳴る。
「いやぁ寒いですね」
「嘘でしょ」
今度は全く同じタイミングで加湿器が鳴る。
「一応、オンライン面接の時に 音の鳴る家電は切っておいてくださいね」
「すみませんけど、その正論ちょっと頭に入らないですね」
その時に窓の外とパソコンのスピーカーから、同時に消防車が鳴らすサイレンが聞こえた。
「おや、近所を消防車が」
「これ周囲の環境含めて全く同じなんですか? 空間ごと被るって有り得るんですか?」
「まぁ、消防車なんて珍しくもなんともないじゃないですか」
「それ単体だったらですよ? これ単体の偶然だったら怖くないっていうか気づきもしないと思うんですけど、前後が前後なんですよ。ダブル役満で上がるための牌がドンドン揃ってる感じなんですよ」
「何の話ですか?」
「いや、だから、この偶然の姿を麻雀で例えて見ようと挑んだって感じで――って、察してくださいよ、それくらい! 人の感情推し量るのが得意だってさっき言ってたでしょうが!」
「キノエさん、言葉遣いを」
「気をつけられるかぁ!」
しばし考えこんだ後、意を決したようにキノエは質問を絞り出した。
「すいません面接官さん、いまいろ場所の住所教えてくれます?」
「いや、そこは個人情報ですから
「じゃ、僕の 住所聞いてもらえます?」
「何でですか」
「リアクションを試したいんで」
「まぁ、止めましょう
答えを聞いて万が一にも一致していたら、いよいよ自分が消えてなくなる気もしたので追及はしなかった。
「
「言えないと言っておきながら言っちゃうんですね」
「
「ビンゴですよ」
「同じ地名とかあるんですね
「いや、市町村名だけならまだしも、都道府県名がダブるって有り得ないでしょう」
「わかりませんよ、もしかしたら灯台下暗しというように僕らが見落としているだけかも……」
「ないないない。ないですって。この圀では――というか、海外でもないですよ」
「ビルニュスとかなら……」
「ビルニュスの行政を嘗めすぎでしょ」
「あと今気づいたんですけど、今オフィスにいらっしゃるんですよね?会社の住所なら個人住所もクソもなくないですか?」
「さて、ところで弊社を志望した動機についてなんですが――」
「え、またその質問に戻ろうとするんですか?」
「仕事ですんで――あれ、今度は救急車のサイレンが」
窓の外から聞こえる救急車のサイレンにうんざりしながら、キノエは不安を露わにしてる。
「ちょっと待ってくださいよ、本当に何なんですか、もう」
「いやぁ、一致してる部分が多いですね」
「これマルチバースか何かですか? 多次元宇宙とかそういう話ですか?」
「あ、そうだ。今思い出しましたが、ビルニュスはリトアニアの首都で国じゃなかったですね、すみません」
「よくそれ冷静に脳内で振り返って訂正しようと思いましたね」
「ところで、趣味・特技のところにバスケットボールとありますが」
いい加減に投げやりな態度を露わにしながら、キノエは答えた。
「はい。中学、高校時代から打ちこんでいまして、大学時代はサークル、現在も地域のクラブチームに所属していまして……」
「へぇ、すごいですね。私はバスケは一切経験したことがないもので」
「はい?」
「なんでも、最近は八村選手だとか渡邊選手だとか強い選手が多いそうで。あ、あと馬場選手も聞いたことがありますね」
「いや、それはまぁ、そうなんですけど……え、何で急に変わったんですか?」
「変わった……?」
「全く違う所にきたんで」
予想外の事態にキノエは戸惑いを隠せない。
「ちなみに資格は何かお持ちですか?」
「あ、普通自動車免許と、あと歴史能力検定の3球を持ってます」
「凄いですね。どちらも私は持ってませんよ。チョコレート検定なら1級なんですが」
「ここに来て色々と変えてくるんですか?」
「いやぁ、それはまぁ男女の性別の差がありますし――」
「え」
一拍の間が空いた。
「え、え、え? 今何て言いました?」
「はい? いや、男女の性別の差が……と」
「……え、女性だったんですか?」
「そうですけど?」
「女性なのに男の自分と瓜二つなんですか?」
「ジェンダーレスの時代ですから」
「何の解答にもなり切れてませんよ、それ」
「で、弊社を志望した理由なんですけれども」
「そんなに僕の志望動機聞きたいですか?」
「仕事ですんで」
「仕事以上に気になることが起きてるとは思いませんか?」
「思いませんね。いや、私、どちらかというとワーカホリックなタイプなので。前職でもサービス残業を自発的に買って出ていたアナタと一緒でね」
「一緒にしないでください」
「いやいやいや、さっきは僕らには違う所がないとかおっしゃってたじゃないですか。寂しいですね」
「あの時点ではそうでしたけど、もうちょっと、なんか、一緒にされたくないなぁ……」
「では、弊社での仕事に求めるものをいくつかですね――」
「もういいよ! どうもありがとうございました」
そう言ってキノエはオンラインを切ると、そのまま二度とその会社を調べることはなかった。
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