1人が本棚に入れています
本棚に追加
/59ページ
全国展開している大きな本屋でバイトしている。
就業開始10分前、今日も元気よく店内を通り抜け、バックヤードに続く扉を開いた、その途端。
慌ただしく出ようとしてきた店長とぶつかりそうになった。
「うわっ!……と、店長、すみません!」
「あああ田淵君、良かった!」
僕に、ほぼ抱きとめられるような姿勢のまま、店長(42歳・既婚・一児のパパ)が安堵のにじむ声を上げた。余程テンパっているようで、上気した頬に額から流れた汗が伝っている。
仕事のデキる店長のことは尊敬しているけれど、年長男性と密着して嬉しくなる趣味も特に無いので、そっと体を離す。
「ちょっとトラブルでね!? 詳しくは後で説明するけど……」
『店長、店長、サービスカウンターでお客様がお待ちです』
話し始めた店長の声に、店内アナウンスの呼び出しがかぶさって響く。
更には「店長―! 星公堂さんが来週からのキャンペーンのお話いまちょっといいですかってー!」新刊ポップを抱えたバイト仲間の宮田さんが小走りにやってきた。
突発的な用事やお客様やトラブルは何故か重複して同時発生するという“お仕事あるある”がまさに今、ここで起きている。
「星公堂さんにはちょっと待っててもらって! 田淵君、あと5分もあれば戻るから事務所の中にいて欲しいのね!」
カウンター対応と打ち合わせと併せて5分は難しいんじゃないか。
「あと5分もすれば……っ、来るからそれまで!」
軽口を返すまもなく、店長は叫びながら店内に走り出して行ってしまった。慌てすぎていてよく聞き取れなかったけれど。
まずはロッカーに荷物を入れ、エプロンを着けて事務所へ行こう。
※
「失礼しまーす」
ノックして入室すると、2つ並列した会議机にパイプ椅子というメインセットの最奥の席に見知らぬ男性が座っていた。
あまりビッとしていないスーツ姿と痩せ気味の長身。地味で大人しそうな眼鏡顔。年のころは僕よりは上で店長よりは少し若いかも。
最初のコメントを投稿しよう!