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とっさにひねり出した問いかけはあまりにも安直だった。バイト先に本屋を希望する人なんて大抵は本が好きだろうに。
しかし松田氏は、首をすくめるとうつむいてしまった。大丈夫か。
「普段、それほど……読むというわけでもないんですが……」
「そうなんですね! でも働いてると気になる本とか出てくるので楽しいかもしれません」
田淵君のトークってマカロンみたいだよね!と店長にいつも褒められる。小ぎれいだけど軽くてあんま腹の足しにはなんないねぇ、という意味らしい。
「働いて……いさえすればこんなことにはならなかったのかもしれませんね」
松田氏は下を向いたまま、肩を震わせ始めた。
しまった、無神経だったかな。去年1年間、猛威を振るって終息した新型伝染病による不況で職を失った人は多い。それまでのキャリアを捨てざるを得ず、他の業種を視野に入れても同じような境遇の人が殺到して、就職率は難航して云々といったニュースを思い出す。
この年齢だ。松田氏だって興味のない本屋でも、慣れないバイトでも、まずは頑張ろうとしている最中なのかもしれない。
「えっと、でも、これから、もしかしたらお勤めが始まるわけですから」
「おつとめ……やはりそうなりますよね……」
ようやく顔を上げてくれたものの、その目は赤くうるんでいる。なんだその返事は。大丈夫か。やる気はあるのか。
「月並みですけど、人生悪い事ばかりじゃないです。がんばればそのうち良いことありますよ!」
「そうだといいんですが……」
「『よだかの星』って本、知ってます?」
苦し紛れに思いついた本の名前だったけど、松田氏の表情が少し和らいだ気がした。
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