【迷宮の中で牛に遭う】ファンタジー

3/8
前へ
/59ページ
次へ
 ※  目覚めた時、一瞬状況を失念するほどの眩暈と頭痛に苛まれながら、どうにかこうにか、起き上がった彼の目の前にあるのは、やっぱり牛の顔だった。立派な角、黒褐色の毛に覆われた長い鼻づら、意外と長いまつ毛に縁どられた瞳は、アイラインが横に伸びてしっとりと黒く濡れている。 「おかげんはどうかな?」  牛は人語でそう言った。牛なのは顔だけだった。よく見れば首から下は普通に中肉中背の成人男子の体つきに、小ざっぱりと貫頭衣を纏っている。 「あそこ、段差に気を取られて上の出っ張りを見落としちゃうんだよねえ」  ボクもよくぶつけるんだー、と続けながら、牛は彼に液体の入ったカップを差し出した。反射的に受け取ろうとして、咄嗟に両手を見る。剣は…? ない! 糸巻きも…ない!  武器と命綱を喪った状態で敵と対峙している事実に気づいて、戦慄する。 「ああ、ちゃんとあるよ」  彼の心の声を読み取ったかのように、牛は部屋の隅を大きな鼻づらでクイと指し示した。牛の示した方には、剣と糸巻きが置かれている。 「あれ、道しるべでしょう。よく考えたなあって感心しちゃった。糸は切ったりしてないから大丈夫、安心して。頭はまだ痛い? 吐き気はある?」  あまりにも明朗快活に喋る牛に気おされて、彼はつい素直に首を横に振った。 「それはよかった。あれから一昼夜眠ったままだったんだ――って言っても、君、僕の生贄に送り込まれちゃった人だよね。そりゃあ、いきなり話しかけられても怖いし、意味わかんないよね。心配しないで、世間で言われてるほど蒙昧な牛の化け物ってわけじゃないんだよ僕」  だいたい、半分は人間なんだからね! と牛らしい荒い鼻息を吐いた後。 「初めまして、この地下迷宮の主でミノタウロスです。長いからミノって呼んでね。君の名は?」
/59ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加