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牛は――ミノは大きな目をすうっと細めた。どれだけ猜疑心のフィルターをかけてもそれは親愛の笑みにしか見えなかった。
「テ…セウス」
混乱の中、彼が――テセウスが辛うじて名乗ると、ミノは嬉しそうに、差し出していたカップを彼の手の中に押し込んできた。
「じゃあテッシーだね。少しの間だけど、よろしく」
勢いに呑まれて受け取ったカップは荒く石を削ったもので、持ち重りがする。中にたたえられた液体は程よく冷えて清涼な香りを放っていた。
※
「このハーブティー、いいでしょ? 何期生だったかなあ。だいぶ初期の頃に来てくれた子が、迷宮内に生えてるシダが本国の薬草に似てるって教えてくれて。それから栽培を始めたの」
翌朝も、ミノはにこやかにカップの液体を差し出してきた。ただし、今回はホットで。
「最初は青臭さが勝っていたんだけどね。その次に送り込まれてきた子が、庭師だったから、一緒に色々ヒンシュカイリョウ? したんだぁ。そのあと薬師の息子さんが来たから、乾燥と煎じ方のコツを教えてもらって……そのあとに来た女の子からお茶の淹れ方も習ったんだ」
どうやらこの液体はメイドイン迷宮、ミノご自慢のお茶らしいが、どうして味はなかなか悪くない。テセウスは自然な和やかさでそれを口に運んだ。
生贄を食う牛の化け物を倒さんと、迷宮に入った。だからミノと遭遇した時はどちらかが死なねば決着はつかぬ、と気負ったものだけれど。
話を聞けば聞くほどに、ミノは牛の頭であるというだけで、ただの若者だった。
「迷宮は怖くはないですね。物心ついたときから住んでますから。目隠しされたって歩いて見せますよ(笑)」
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