【迷宮の中で牛に遭う】ファンタジー

4/8
前へ
/59ページ
次へ
 牛は――ミノは大きな目をすうっと細めた。どれだけ猜疑心のフィルターをかけてもそれは親愛の笑みにしか見えなかった。 「テ…セウス」  混乱の中、彼が――テセウスが辛うじて名乗ると、ミノは嬉しそうに、差し出していたカップを彼の手の中に押し込んできた。 「じゃあテッシーだね。少しの間だけど、よろしく」  勢いに呑まれて受け取ったカップは荒く石を削ったもので、持ち重りがする。中にたたえられた液体は程よく冷えて清涼な香りを放っていた。 ※ 「このハーブティー、いいでしょ? 何期生だったかなあ。だいぶ初期の頃に来てくれた子が、迷宮内に生えてるシダが本国の薬草に似てるって教えてくれて。それから栽培を始めたの」  翌朝も、ミノはにこやかにカップの液体を差し出してきた。ただし、今回はホットで。 「最初は青臭さが勝っていたんだけどね。その次に送り込まれてきた子が、庭師だったから、一緒に色々ヒンシュカイリョウ? したんだぁ。そのあと薬師の息子さんが来たから、乾燥と煎じ方のコツを教えてもらって……そのあとに来た女の子からお茶の淹れ方も習ったんだ」  どうやらこの液体はメイドイン迷宮、ミノご自慢のお茶らしいが、どうして味はなかなか悪くない。テセウスは自然な和やかさでそれを口に運んだ。  生贄を食う牛の化け物を倒さんと、迷宮に入った。だからミノと遭遇した時はどちらかが死なねば決着はつかぬ、と気負ったものだけれど。  話を聞けば聞くほどに、ミノは牛の頭であるというだけで、ただの若者だった。 「迷宮は怖くはないですね。物心ついたときから住んでますから。目隠しされたって歩いて見せますよ(笑)」
/59ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加