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ミノと仲間たちは知恵と力を併せ、迷宮内を住み良く整えていった。地下水路を使って、きのこや植物を栽培し、迷い込んできた小魚をいけすで囲って養殖した。 一部では温泉が湧いているため、お茶を淹れたり温熱料理に利用したりもするらしい。
――さて、どうしたものか。テセウスは悩む。
「迷宮から出るのは夜まで待ち、夜陰に乗じて港へ向かうといい」とのミノの助言に従い、日の暮れるのを待っているのである。糸巻を与えてくれた姫は、毎回、若者が生贄となるたびに心が痛むと涙ぐみ、テセウスの生還と共に牛退治も望んでいるようだった。しかし、地下で穏やかに暮らしている彼を敢えて殺す必要はあるだろうか。姫にはミノ本人の真の姿を伝えれば安心させられるのではないか。
「テッシー、まだ夜まで時間あるし、お酒飲まない?」
一旦席を外したミノが再び戸口から顔を出した時、その手にはカップが2つ握られていた。甘く濃い香りが石造りの部屋に立ち込める。
「コケモモと蜜で作ったお酒なんだ。迷宮での、出会いと別れに乾杯」
石のカップを軽く合わせ、唇を湿らせた。飲み口は軽いが、強い。ご機嫌に呑み続けるミノを眺めているうちに、不意に言葉が口をついて出た。
「ミノも迷宮を出ないか。一緒に本国に渡ろう」
ミノは大きな瞳をきょとんと見開き、ゆっくりと瞬かせた。
「ここを出たら、姫と落ち合うことになっている。2人で逃げるのなら3人でも大差ない」
牛の顔がくしゃりとゆがんだ。
「ありがとうね。でもここがボクのおうちだから」
牛の目は黒々と深く、感情が読み取れない。しかしその声音には、諦めとも満足ともつかない穏やかさがあった。
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