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「たしか……宮沢賢治ですね。子供の時、教科書で読みました……」
「よだかは強い鷹に殺すぞと脅されて、仲間にしてくれと色々な星に頼み込むけど、受け入れてもらえない。それでもめげずに、最後は自分だけの力で飛び続けて、美しい星になるんです」
「たしか、そんな話でしたね……」
「天は自ら助くる者を助く、と言うじゃないですか。もし今はそんな自信が持てないというのなら、本を読むといいですよ」
「本を……?」
松田氏は不思議そうな顔をした。初めて僕の言葉にきちんと興味を示してくれた気がする。
「自分の中から答が出ない時は、他人の言葉で活路が見いだせるかもしれません。手っ取り早いのが、本です」
返事はなかったけれど、僕の言葉が確かに松田氏の心に染みいってる手ごたえがあった。もし、彼が本に興味を持ってくれたら、きっとここの仕事だって前向きにとらえられるんじゃないだろうか。
「考えたことも無かったけど、確かに。今までもっと本を読んでいれば、私にも違う道があったのかもしれませんね」
弱々しく微笑んで前向きな過去形の言葉を並べる。まだ言うか。
「いや、これからたくさんの本に出会いましょうよ!」
「ええ、刑務所では読書ぐらいしか娯楽が無いと聞いたことがあります」
「はい?」
急に廊下の方が騒がしくなった。足音と話し声がどやどやと近づいてくる。そういえばそろそろ5分くらいたつ。ほんとに5分でキリを付けてくるなんて、さすがデキる店長は違うね。でも、この頼りなさげな松田氏だって、やればできる人のような気がする。
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