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電気が通してある事がむしろ不思議なくらいに、手入れされていない天井周り。
とっくに主を失った蜘蛛の巣に、とっくに魂も水気も抜けた羽虫の死骸が絡みついている。多数に。
目的を達成し、人心地付いたその時。
(バンッ)
外壁のトタンを叩く音が響いた。
瞬間的に脳裏に浮かんだのはさっきの女の無表情な目。
(バンッ)
(バンッバンッバンバンバンバンバン)
「……ぁさん!! ぉかぁさん!! おかあさん!!」
絶叫に近い女の声。なんのてらいもない、まっとうな大人ならまず発しないような発声。
トタンを叩く――いや、殴りつけるその音はゆるやかではない速度でスパンを縮め、しかも入口から奥へ向かって位置を変えて、その速度もまたゆるやかじゃない。
(バンバンバンバンバンバンバンバンバ)
「ぉめんなぁぃごぉめんぁさいごぉめんなさいごめんなさいゴメンナサイ!!」
なんで!?
何を叫んでいる!?
小便器の前で凍りつくように立ちすくむ、立ちすくむことしかできない。
「めんなさい…ぉかあぁぁさん!!!」
( バ ン ッ )
ひときわ大きな音がして、ぱたりとすべてが黙り込んだ。
最後に音がしたのはトイレの最奥。
なんで、そっちを見てしまったのか――。
個室の並ぶ通路の最奥そのつきあたりに、換気のためのサッシ窓があり。
ジジジと鳴る弱った蛍光灯の光に照らされて、
女の顔があった。
首から上を、窓の向こうの窓枠から生やすようにして。
顔だけが覗いていた。
先ほどまでの狂乱ぶりが嘘のように。
無表情だった。
窓は開いている。
物理的に、3メートルと離れてはいない。
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