あなたの声が聞きたくて……

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その日の深夜0時、彼からのコメントが来た。 “いいね!やっぱりSt.さん上手!  コラボ楽しいでしょ?  他にもたくさんあるから歌ってよ” ほっ…… 良かった。 いつも優しい彼が、下手だなんていうはずないのに、それでも褒められると嬉しくなる。 “ありがとうございます” 気を良くした私は、翌日もfairさんのコーラス入りの音源で歌ってみる。 コーラスが入ると、下手な自分の歌が少し上手くなったような気がする。 何より、自分の歌を再生するだけで、彼の素敵な歌声が聴ける。 その日から私は、毎日のように彼とのコラボを楽しむようになった。 彼と歌って、コメントをやり取りして、ふと気づく。 私、ずっとfairさんのこと考えてる? 母の家事の手伝いをする間も、1日中イヤホンをして、彼の歌を聴いている。 これは、好きな歌手ができたのと一緒? でも、コメントのやり取りで会話もできてる。 fairさん、結婚してるのかな? 選曲から、私と同世代か、それより少し上だということは分かる。 私が28歳なんだから、彼は多分、30歳を超えてる。 結婚しててもおかしくないよね。 彼が独身ならいいのに。 そんなことを思って、ふと我に返る。 どこに住んでるかも分からないのに、何を考えてるんだろ。 彼は、私とは違って、たくさんのフォロワーを抱えてる。 私だけに優しいわけじゃないし、私だけが彼とコラボしてるわけじゃない。 やっぱり、手が届かない人であることに変わりない。 でも、彼のことを考えることはやめられない。 そんな時、母が再就職の話を持ってきた。 「聖、今日行った呉服屋さんで、正社員さんを募集してるらしいんだけど、やってみない?」 母は、茶道と花道の師範で、自宅で週2回ずつ教室を開いている。 そのため、和服を着ることも多い。 私も子供の頃から母に習っていたので、着物を1人で着るくらいはできる。 「でも、呉服屋さんって、特別な知識とかいるんじゃないの?」 私は、着物を着られるけど、着物や帯、帯占めや帯揚げなどを選ぶセンスには自信がない。 「着付けができるなら、それは入ってから覚えれば大丈夫っておっしゃってたわよ。こんな状況じゃ、あなたの望むような再就職先は、見つからないんじゃない?」 それはそうだけど…… 「面接は本社でって言ってたから、一度、面接で詳しくお話を聞いてみたら?」 確かに、この状況で再就職は難しい。 すでに半年無職で、雇用保険の失業給付金の支給も終わってしまった。 こうして、私は、呉服屋さんへの再就職を決めた。
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