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本当の正しさなんてわからない。
大人しく指先を揃えて背筋を伸ばして、きちんと受け答えできるのだけが礼儀正しさとは言えないのではないか。
それが相手にとって不快に感じることだってある。
逆に返事が返ってこなくても毎日話しかけるのは、しつこいと言えるのだろうか。初めは嫌に感じることも、だんだん耳を傾けていくと意外とわくわくしたり、気分が明るくなったりする。
俺は大人になった今でも、たまにこのことを考える。
あの日から、松方さんは少しずつ笑顔を見せるようになった。
俺の行為を『優しい』と認めたときから、彼女は歩み出すことを始めたのだ。
今では優しさに溢れた温かい笑顔で毎日を過ごしている。彼女なりに、返事ができなかったあの頃を取り戻そうとしているらしい。
俺たちは今でも互いを必要としている。
彼女は俺のお節介とも言える優しさが必要で、俺は彼女の美しさの中にある脆さが必要だ。
12年前、俺たちは二人で生きていくことを決めた。
もはや松方さんは『松方さん』ではない。
でも——
「美玲、今日も綺麗だよ」
彼女は照れたように笑った。
玄関の傘立てには、溢れんばかりの傘がささっていた。
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