A heart

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 松方さんに無視され続けて、ついに3学期に突入。   冬休み明けでも、俺はめげずに話しかけた。 「久しぶり、松方さん。冬休みどうだった?」  相変わらず長い睫毛を下に向け、視線ひとつ動かさない。   こんなに綺麗なのにな……  雪のように白い肌は、冬の寒い時期だと一層美しく見えた。 「そういえば、朝から雨降ってるよね。小雨だけど」  すると松方さんは、驚いたように少しだけ目を開いた。  他の人から見れば微量の変化でも、毎日話しかけている俺にははっきりとわかった。  彼女は何かに怯えている、と。 「どうしたの? 傘、忘れた?」  しかし再び彼女は自分の殻にこもってしまった。  口を結び、つま先を揃え、視線は前の机に釘づけになる。こうなると梃子(てこ)でも動かない。  俺は詮索するのを諦め、自分の席に戻った。     ーーーーーーーーーーーーーー  放課後。 「本降りになってきたな……」  俺は教室から窓の外を見た。  今朝はパラパラとした小雨だったが、今や土砂降りだ。  早く帰らないともっと酷くなるぞ。  俺は傘を手に取り、下駄箱へ向かった。 「あれ?」  下駄箱を出てしばらく歩いていると、見慣れた後ろ姿が見えてきた。    松方さんだ。  放課後になるとすぐに帰宅する彼女が、この時間にまだいるなんて珍しい。  話しかけようと思ったが、何かが変だと気づいた。  いつもの長いサラサラの黒髪はびっしょりと濡れており、スカートからは水滴が滴り落ちている。  それもそのはず、彼女は傘をさしていなかったのだ。 「松方さん!」  思わず彼女の腕を掴んでいた。  常に目を合わさない彼女が、初めてこちらを見据えた。 「風邪ひいちゃうよ」  俺は彼女の手を引いて、歩き出していた。  後ろにいて表情は見えないけれど、彼女はきっと疲れ切っている。  彼女の小さな手には、力が入っていないから。
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