A heart

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「両親は、私が3歳の頃に離婚して、私はずっと母親に育てられてきました。母は正義感が強くて優しい人だけれど、真面目ではありません。夜の仕事をしていて、男の人を家に連れてくることも頻繁にあります。母の、人と関わりたがるところが私にとってはかなり辛くて、人間不信というか、人との関わりを避けるようになってしまいました。周りからは『冷たい人』と思われているようですが、それでも気にしないほど、私はもう人間として最低になっていたんです。目も合わせられない、話もできない、かろうじて礼儀正しくいられるだけ、まだ救いはあったでしょう。でも、それももう今日でなくなった。だってあなたはこんなにも優しくしてくれたのに、私はお礼の一つも言えないの……」  彼女の目から再び涙がこぼれた。  その涙とともに、彼女自身が壊れてしまいそうで怖かった。今の彼女はあまりにも脆く、弱い。 「最低なんかじゃないよ」  俺の言葉は彼女に届かないことなど、とうに知っている。  それでも言った。阿呆みたいに言った。    阿呆みたいな優しさを、届かなくても彼女にあげたかった。 「松方さんは本気で人に冷たいわけじゃない。だって、俺がしたことを『優しい』ってちゃんとわかってくれてるから。家庭の環境とか大人しい性格とか、色々合わさって、周りからは偶然そんなふうに見えてるだけなんだ。誰のせいでもない。松方さんは誰も責めなくていいんだよ」  彼女は静かに泣いた。  静かだからと言って、感情がないわけではない。きっと彼女は今までにないほどの想いに戸惑っているだけなのだ。本当の本人の心なんて、どんなに表面だけ見ても誰もわからない。  だから俺は—— 「話しかけていい? これからも。お礼なんて言わなくていいから」  彼女は小さく頷いた。 「もしかして今日、傘持ってなかったのって……」 「そうです。母が、家にある一本だけの傘を使ってしまって」  俺はいま使っていないありったけの傘をあげようと決心した。
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