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真面目が取り柄の平社員 ②
結局、残業は10時までかかった。明日はまた、課長にイヤミを言われること、ほぼ確定。
しかも帰りに、ホテルから女連れで出てきた児下を見掛けた。最悪だ。
(あの30分の説教が無かったら9時半には終われたんですけど…… って、言ってやりたい……
それに、児下のやつ……! 人に仕事押しつけて、どこで誰の接待してたっていうんだ…… あれがどこぞの女社長で身体での奉仕なら、まだ許しも…… いいや、やっぱり許せん……)
揺れる電車の中で拳を握りしめる果穂。疲れもあって、思考が止めどなく空転し出している。
ーー 仕事は嫌いではない。
けれど、イヤになることは多々ある。仕事自体がではなくて、人に、だ。
果穂は自分が、人間関係において要領が良くないことを知っている。
仕事を押しつけられても断れないし、それが原因で上司に説教されても上手に言い返すなんて、到底無理だ。
ただ、ひたすら頭を下げるだけ。
ミスは他人のせい、手柄は自分のせいにして平然としている同僚に含むところはあるものの、鮮やかに彼らをやり込めるだなんて…… 方法すら思い付かない。
-- いや、方法は1つある。
だが、それをすると確実に変人扱いされてしまう。
もしも偉大な人ならば、変人扱いされても実行するかもしれないが、残念ながら果穂は、そうではなかった。
自他ともに認める、真面目なだけが取り柄の平社員なのである。
(ぁぁぁぁあ! もう! あんな会社にしたやつを、全員ぶん殴ってやりたいぃぃぃ!)
内心で叫ぶ程度では、もちろん、ストレスは溜まる一方だ。
(よし、今日は念入りにストレス解消しよう)
車内アナウンスが降りる予定の駅名を告げるのを聞きながら、果穂は颯爽と立ち上がった。
駅を降りて、住んでいるマンションまでは駅前の賑やかな大通り一本で帰れる。
しかし果穂はあえて、細い裏道へと進んだ。
―― そこは、明るい表通りとは全く異なる世界。
ここ数年の不況でシャッターを下ろしたままの居酒屋、廃墟のような古いアパート。街灯がぼんやりとした光を投げ掛けているだけの…… 普通なら、1人歩きには躊躇しそうな、道。
薄暗く寂れた通りを一瞥すると、果穂は伊達眼鏡を外して、うっそりと微笑んだ。
(ふふふ…… いるいる)
多くの人の目には誰ひとり通る者はいないように見える道だが、実はそこここに、白いボンヤリとした塊がいるのだ。
それらは、よく知られている言い方をするならば、浮遊霊または地縛霊、といった類いのものである。
-- 平凡な果穂の唯一、平凡とは言い難い点。
それは、そういったものが 『視える』 性質である、という…… 実生活にはほぼ、役に立たないことであった。
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