祖 母 ②

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祖 母 ②

 菜津(なつ)みかん大福…… 夕焼け島の甘夏の果実を白あんと求肥で包んだ、シンプルな1口大福。甘夏の涼しい香りと酸味に、白あんの甘味と柔らかな求肥がマッチした、夕焼け食品の人気商品である。  果穂の祖母の大好物であるそれを、銀治郎は手土産にしていたのだ。 「寺に着いたら、早速、修行…… と言いたいところだけど、その前にお茶にしなきゃね」 「おじいちゃんにお参りも」 「ほんっと、孝行者の孫で幸せだわぁ」  懐かしい漁港の風景とウミネコのミャアミャアという声、祖母のはずむような口調に、果穂は口元を(ほころ)ばせた。  祖母は夕焼け島に数少ない寺の住職で、祖父が亡くなってからは1人で寺を守っている。苦労も多いだろうに、いつも笑顔を絶やさず、穏やかで(たの)しげだ。  幼い頃は、祖母のような人になりたい、と思っていたが…… 大人になるに従って、それが無理だと分かるようになった。 「私も、おばあちゃんの孫で幸せ」 「ちょっと待って! 運転中に照れること言わないで! 事故るから」  祖母の口振りに吹き出しながら、果穂は昔よく言われていたことを思い出していた。  -- 自分自身からは、どうしたって、逃げることができないの。だから、自分を磨きなさい。  -- きっと、今の祖母…… この女性が、優しく穏やかでありながら、弾むような軽やかさと凛とした明るさを兼ね備えているのも、自分自身を磨いた結果なのだろう。  一朝一夕には追いつけないが、それでも、忘れなければいつか、新しい自分に出会える。 「おばあちゃん、私、修行、けっこう楽しみかも」  祖母はハンドルを握ったまま、また、鈴を振るような声で笑った。 「容赦しないわよ? …… 菜津みかん大福を守るためにも、ね」  漁港を抜けて40分。景色がミカン畑とその向こうにきらめく海に変わってしばらくすると、寺の門が見えた。
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