修 行 ①

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修 行 ①

「あ、この紅茶、菜津(なつ)みかんピールのブレンド」 「果穂、それ好きでしょ」 「うん。いい香り」  寺の庫裡で和やかにお茶を楽しんだ後、果穂が連れてこられたのは、寺の裏手にひっそりとある森。入り口は注連縄(しめなわ)のかかった二重門で、奥には薄暗い細い道が続いている。 「…… 普通、お経を覚えるとかじゃ?」 「お経はね、信心がさほど残ってない今の霊(現代っ子)たちには、あまり効かないのよ。  そもそも、お経を聞き入れるくらいの()たちなら、とっくの昔に成仏してるし、ね」  祖母の主張はいちいち、もっともなのだが……。 「だからって、いきなり、ここですかーーー!?」  奥の墓にお供えしといて、と手渡された奈津みかん大福を受け取りながらも、果穂は涙目で叫んだ。  実はこの森に、果穂は、トラウマがあるのだ。  -- 幼かった果穂が森に近づかないように祖母が散々語ったのは、刀を持った武士の霊が迷い込んだ者を問答無用でぶった斬る、という伝説だった。  どれだけ怖かったか、というと、夜中にトイレに行けなくなって、小学3年生になっても祖母を起こしていた程だ。 「手っ取り早く鍛えるには、実戦が一番なのよ。それに、ここの皆さんは、銀治郎さんほどは強くないから…… まずはあなたの心から、恐れを取り除きなさい。敬意は払うべきだけれど、恐怖は相手に力を与える。  常に平常心で 「だったら、座禅とか滝行とかっ」 「それも大事だけど、ねぇ?」  波美子は頬に手を当て、首をかしげてみせた。 「たとえばそれを3日間ほどしたとして…… 実際に、こちらの皆さん前にした時に、平常心でいられるかしら?」 「…… 無理」 「ま、この(ヒト)たちをキレイさっぱりできたら、実力もかなり上がるんじゃないかしら? 銀治郎さん、頑張って果穂を守ってやってね?」 『任せてください』  自信満々に銀治郎がうなずいているが、きっと確証があるわけでは、ないだろう。 (…… おばあちゃんだし、死ぬようなことはさせないはず……!)  なんとかなる、と心の中で300回ほど唱えながら、果穂は門に足を踏み入れた。
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